●ディンギル戦役

 西暦(地球歴)2206年11月、地球人類の有するあらゆる観測組織、観測機器は、実に奇妙な現象をとらえた。
 銀河系中心部の恒星の数が突如二倍の規模に拡大し、しかも恒星の密度がちょうど銀河系とクロスした形で観測されたのだ。加えて、天王星に新設された宇宙天文台の全周囲観測で行われた超広域タキオン観測では、銀河系核恒星系を中心に各地で恒星が衝突を繰り返して超新星爆発が頻発しており、目の前の現象が尋常ならざる事態であることが推察できた。
 しかし原因は不可解極まりなく、様々な観測を重ねた科学者達は全く別の銀河系が異次元空間より突然顕現したとしか言えないと結論した。既に別の銀河系を吹き飛ばしてしまった地球人類にとって、驚くべき事象はそうそう存在しなくなっていた。
 しかも幸いな事に、地球は災害地域から極めて遠く、影響が表れるのは最低でも2万年後と推測された。当然ながら既に送り出した船団や、移民地域への影響も皆無だった。
 だが一つの懸念がよぎる。銀河系核恒星系はガルマン・ガミラス帝国の本拠ではないかと。星の密集度合いからボラー連邦本星地域も別の銀河系と交差する範囲にあり大きな被害が予測されたが、まずはガルマン・ガミラス帝国の現状を把握し、必要ならば援助の手を差し伸べる事が緊急閣議で決定された。
 確かにかつてのガミラスは、地球を滅ぼす寸前まで追いつめた敵手であった。だが今は得難く心強い友邦であり、さらには数年前は地球を救うため元首自らが陣頭指揮すらしてくれた恩人である、と。
 ガルマン・ガミラス帝国調査には、当時探査・哨戒任務にあたっていた「ヤマト」が選ばれた。その時「ヤマト」が比較的銀河系中心に近い場所で任務に就き、また政治的にも「ヤマト」が向かうことが有効だと判断されたからだ。

 「ヤマト」の緊急調査により、銀河系核恒星系全域で恒星同士の衝突による超新星爆発が改めて確認された。しかも、突如出現した巨大質量が異次元断層を突き破って現れた影響から、各地で極めて大規模な亜空間的振動を引き起こして、銀河系核恒星系の多くの空域が危険宙域と判断せざるを得なかった。
 幸いなことに、ガルマン・ガミラス帝国本星は恒星及び惑星同士の相互干渉や衝突、亜空間的振動はなかった。無論超新星爆発で消滅などしていなかった。どのような災害にせよ、もし災害に遭遇していたら惑星そのものが完全破壊されていただろう。
 しかし近隣わずか約10光年の恒星で、まさに発生したばかりの超新星爆発が確認され、ガルマン・ガミラス本星は上を下への大騒ぎとなっていた。何しろ10年以内に確実に遷都しなければ、首都星系が壊滅的打撃を受けてしまうからだ。
 しかも折り悪く、災害発生当時デスラー総統は中規模の艦隊を率いて西部辺境の長期視察に出ていた。故に「ヤマト」はデスラー総統との謁見はかなわず、代理の者に地球連邦政府の言葉を伝えるにとどまった。
 ただ、異次元銀河出現という自然災害は、あまりにも偶然すぎる偶然による悲劇だったが、いくつか腑に落ちない点が後の詳細な調査で判ってきた。いまだ封印されている機密情報からも、ガルマン帝国政府の対応からもそれが察知できたとされる。
 当時ガルマン・ガミラス帝国は次元兵器を多く保有し、新兵器の開発にも余念がなかった。それが何らかの形で技術暴走し、異次元なり亜空間なりを通じて別の空間をつなげるなどの減少を引き起こしてしまったのではないか、と。
 無論全て仮説や推論の一つに過ぎず、それ以上の問題としてこのまま別の銀河系が銀河系と交差し続けるのか、また忽然と消えるのかすら皆目見当もつかなかった。
 なお別の推論の一つとして、二重銀河崩壊が影響しているのではないかというものもある。
 そして一つ確実な事は、銀河系を南北に貫く星域は危険が大きすぎるため、今後近寄ることができないという事だった。またワープなどで通り越えるにしても星間物質が多すぎて、銀河系外縁を大きく迂回するなど新たな航路を開拓しなければならない事も確実だった。
 唯一利点を探すなら、突如出現した異次元銀河系の星々が利用できるかも知れない、ということになるだろう。

 ただ、この時点で地球人類は、銀河系の行く末より先に、この自然災害の影響で呼び起こされた目の前の危機を避けねばならなくなっていた。
 事実上完全撃破状態にも関わらず自動航行で帰投した「ヤマト」がのろしとなったディンギル帝国の襲来だ。
 ガルマン本星からの帰投時、「ヤマト」は各地での超新星爆発がもたらしたと考えられる予期せぬ亜空間震動と、それに伴う極めて強い衝撃波に遭遇する。そして突発的な亜光速の衝撃波を緊急回避するため、座標を指定しない緊急待避措置のランダムワープに突入。ワープアウト後の「ヤマト」は、再観測の結果地球から約3000光年の未知の座標に居ることを確認した。この場所は付近の空間からかなり孤立した(宇宙)自然環境にあり、その中心部分に未確認恒星系を確認する。
 そしてその恒星系から人工的な電波などを確認した「ヤマト」は、ガルマン帝国訪問以前の任務の一つであった探査任務への一時復帰を決定。恒星系内へと進路を取った。そしてその恒星系で最も人工電波密度の高い地球型岩石惑星において、惑星どうしが近距離ですれ違うという極めて珍しい大規模な自然災害に遭遇するという偶然に出会う。遠距離観測でも高度文明が確認されたその惑星では、災害の影響で海水面が異常増加して極めて短時間で水が惑星表面を覆い尽くそうとしていた。
 ちょうど「ヤマト」が惑星表面のスキャニングを開始した時水の柱が立つ頃で、その水柱を中心に約4000メートルの津波が時速数百キロで惑星全土を覆い尽くし始めていた。
 そこで「ヤマト」は、通信などによるファースト・コンタクトより先にその惑星上に存在する知的生命体の救援に全力を傾ける。災害救助はもちろんだが、未知の知的生命体から少しでも情報を得るためだった。しかし災害による惑星環境の悪化から惑星表面への降下に手間取り、予想以上に災害規模のため大きすぎ犠牲ばかりが大きく成果はほとんどなかった。
 しかもその惑星は、三重水素の異常な濃度上昇により惑星全体で核融合反応を引き起こし、極めて短時間で連鎖反応を起こして灼熱の星へと変化していった。沈静化するには、数百年単位の時間が必要と判断された。当然ながら、惑星上に存在した文明も全生物も死滅した。この事から壊滅した惑星には、元から大量の二重水素、三重水素が存在していたのではないかと考えられている。
 その後辛くも大規模な惑星災害から逃れた「ヤマト」は、今度は謎の戦闘集団の奇襲攻撃を受ける。全く予期していなかった事もあり重大な損傷を被り、主に乗組員に致命的な損害を受ける。この時用いられたのが、大量の高濃度放射線を弾頭部から放出する「強放射能拡散兵器(ハイパー放射弾)」だった。
 その後大破した「ヤマト」は、同太陽系内の別の岩石惑星に落着。その時点で、緊急生命維持装置が作動して自動航行装置へと以降、緊急プログラムに従い自動コントロールを実行した中央コンピュータの判断による緊急措置で地球へと緊急ワープを実施。「ヤマト」は辛くも地球に帰投する。
 そしてその時点で地球は、比較的近傍に存在する未知の戦闘集団と未知の文明に大災害をもたらした回遊型の氷惑星の存在を知ることになる。しかもその後の観測で、氷惑星は断続的にワープを繰り返し急速に太陽系に近づくのを発見する。コースも地球直進で、ワープが人為的なものである事は明らかだった。
 地球連邦政府は、接近しつつある氷惑星のもたらす災害を避けるために、地球以外の月面都市群や各惑星またスペースコロニーや完成間際の大型移民母船への住民避難を開始する。同時に防衛体制の強化と、接近中の氷惑星及び「ヤマト」が赴いた太陽系の調査も地球防衛軍に命令された。
 しかし、地球政府が動き始めたばかりの頃、早くも次なる悲劇が訪れる。
 当時土星圏は、大規模移民船団の第二陣、第三陣を送り出し、続いて2207年内に第四陣、第五陣を送り出す準備を行っていた。また地球ラグランジュ・ポイントの各地では、都合3船団分の超大型母船などが建造及び艤装中だった。その中でも土星にある母船の多くは完成しており、移民のための一時待機所だったスペース・コロニー共々一時的避難先の一つとして最適と判断されていた。しかし、既にスタートしている移民事業の応用だけで済むので行動は早かったのが、かえって徒となった。
 地球からの移民のための一大拠点となっていた土星圏へと移動してきた疎開船団の第一陣が到着しようとしているまさにその時、「ヤマト」が遭遇した未知の大艦隊が出現したからだ。彼らはワープアウトするやいなや、随伴していた僅かな護衛艦艇を圧倒的物量で撃破。さらに戦闘力皆無の疎開船団を一方的に殲滅し、物理的破壊が困難な強度及びシールド機能を持つ移民拠点や疎開用に準備されつつあった超大型移民母船に損害を与えた。この時の人的損害は、数十万人にも及んでいる。ただし、元から強固すぎる建造物で軍艦以上のシールド機能すら備える移民母船は、自らの強力な防空火力によって未知の敵の攻撃を退け、また核融合兵器程度だった打撃を耐えて実質的に軽度の損傷程度の被害しか受ける事はなかった。
 そして巨大母船団の攻撃中に、すぐさま周辺宙域にいた地球防衛艦隊(※小規模な土星駐留艦隊と第六次移民船団護衛艦隊の錬成途上部隊の連合)が急行する。騎兵隊登場というわけだ。この時防衛軍は、突然の攻撃に可能な限り迅速に対応したと言え、また防衛軍自身も戦闘開始前までは格好のテストケースと考えていた。
 だが、何故か勝手がまるで違っていた。新たな敵の動きはかつての自分たちに近く、しかもワープアウトした時の反応に気づくのが大きく遅れた。
 その理由は戦闘開始前に判明する。
 高精度スキャニングの結果、目の前の敵からはタキオン粒子反応が全く検出されず、艦内部の動力炉からは反物質が検出され、他にも三重水素を用いた核融合炉の反応が出た。
 だからこそ新たな敵は、地球側のタキオンレーダーによる早期警戒網に大きな警戒を起こさせることなく接近できたのだ。地球側が最新技術に頼りきっていたが故の不覚だった。
 しかし一見敵艦隊の動きは鈍く、主に新鋭艦により編成されていた練度不足の艦隊の司令官は、波動砲による一斉射撃での殲滅を企図する。艦隊全体の練度不足もさることながら、戦闘よりも人命救助のための時間が欲しかった事も影響していた。
 そして現地地球防衛艦隊の波動砲発射タイミングを計ったかのように、敵艦隊は寸前でワープ・イン。入れ替わるように、新たな敵艦隊が近距離から出現した。タキオンを使わない敵のため行動の予測が困難であり、地球防衛艦隊は敵が行動するたびに不意を打たれてしまった。まさに低技術力の盲点であった。これがかつての地球と相対したガミラスであったのなら、適切な対処が取れた事だろう。
 そして入れ替わりで出現した敵は小型水雷艇群で、彼らは中距離で無数のハイパー放射弾頭型宇宙魚雷を多数投射。魚雷群は、不意打ちで迎撃の遅れた地球側艦艇に次々に命中。現地艦隊は、人的資源の面で次々に無力化された後に、再び現れた敵主力艦隊により殲滅されていった。
 それら一連の攻撃は極めて攻撃的であり、言葉悪く言えば野蛮ですらあった。また一連の極短距離ワープを中心とする動きは、タキオンを用いていない手法のため地球人類側は掴むのが遅れた。さらに従来の敵とは全く違う動きをするため、地球側が奇襲や強襲を受けることが多く、以後の戦闘でもたびたび同じ情景が繰り返される事になる。
 また記録映像やドキュメント映画、後の娯楽作品用映像媒体などでは敵優位による一方的な戦闘ばかりが行われたように見えることが多いのだが、事実は大きく違っている。敵艦隊の装甲及びシールドの技術レベルは地球側に比べて著しく貧弱で、実際には地球側よりはるかに多くの損害を敵側は発生させている。キルレシオは概ね1対3以上と地球側が優勢で、地球防衛軍の一般兵器であるショック・カノンや波動弾に対して、着弾後の爆発の情景を捉えさせないほど呆気ない最後のものが多かったのだ。この点も、かつての地球防衛軍とガミラス軍の戦闘に近いと言えるだろう。ディンギル軍は、波動兵器に対する防御力を備えていなかったのだ。戦後ヒットした映画とは違い、「ヤマト」だけが強かったわけではないのだ。
 故に、序盤での戦闘での損害が後々にディンギル軍の極端な戦力枯渇を呼び込み、「ヤマト」を中核とする小規模な艦隊の敵本陣切り込みを成功させる事に繋がっていく。当初太陽系全体に攻撃できたほどの大規模な戦力が、一小艦隊に対応するため全力で当たらねばならないほど戦力が落ちていたのだ。戦後公開された地球防衛軍の記録映像にも、残存稼働状態にあった地球側空母部隊により呆気なく壊滅する敵機動部隊の姿や、慌てて他星系から戻った外周艦隊の強襲で消滅するように殲滅される敵主力艦艇の映像など多数存在する。冥王星近辺で「ヤマト」を空襲した機動部隊も、開戦当初最低でも十数隻あったと考えられる超大型空母はわずかに1隻であり、戦艦群も前衛艦隊のものは完全に壊滅していたと考えられている。「ヤマト」に対した敵艦隊も、敵の最後の機動部隊と主力艦隊だった可能性が高い。
 しかしディンギル軍の進撃は、当初は圧倒的物量でありまたまったく電撃的だった。一方的な奇襲に成功した事もあり、平時状態に近かった地球側は嵐の海に飲み込まれる小さい岩礁のように為す術もなかったのは事実であった。
 またこの頃、地球側の事情により太陽系内の防衛密度が大きく低下していた事も被害拡大に拍車をかけていた。移民船団に随伴した艦隊や、対ボラー戦備で最前線に配備された艦隊には歴戦の艦隊が多く、経験豊富な彼らがいた場合はまた違った戦闘が展開された可能性も十分に存在していただろう。
 一方ディンギル軍は、地球防衛軍側から見て密度が大きく低下していた太陽系各地の防衛力と空間機動能力を無力化していった。この場合全滅ではなくあくまで「無力化」であり、ディンギル側としては一ヶ月の間地球人類を地球に押し込め封鎖すれば良かった。本来は全滅もしくは殲滅を目的としたのかもしれないが、何度も異星人の攻撃を受けた地球側の各施設は、特に宇宙施設においては低威力の核融合弾頭程度では一時的に無力化はできても破壊できないものが多かったためだ。
 またディンギル側が、既に星系国家から星間国家となっていた地球連邦側の現状を知っていれば、また違った手法を取ったかもしれない。だが彼らは単一星系による星系国家であり、他文明で知りうるのは地球しかなく、また星間文明としてはまだ未熟であったから致し方のない事だろう。
 なお、何度目かの接触と通信解析で、ようやく新たな侵略者が「ディンギル人」並びに「ディンギル帝国」だと判明した。また彼らの目的が、回遊型氷惑星、地球側通称「アクエリアス」を人工的にワープさせることで、地球表面を水没させて地球人類を絶滅させた後に自分たちが移住するというものであると推察もされた。
 そこで地球防衛軍では、超大規模用ワープ装置を持つ彼らの大型母船(全長20キロメートル・都市衛星ウルク)を撃破し、アクエリアスの進行を止めるための作戦が急遽立案・実行される。
 この時の問題は、作戦発動までに用意できる機動力のある打撃型艦艇の著しい欠如だった。結果「ヤマト」以下僅か10隻の艦艇が突撃部隊の主力を担い、太陽系内及び近傍から駆けつけたりした他のいくつかの小規模艦隊と空母部隊の一群が陽動や支援を行う事になった。その他のディンギル軍と戦闘中の各部隊も、敵撃滅後に合流する事になっていた。
 そしてこの時の「ヤマト」戦闘群による戦闘は、ディンギル帝国軍の放射線兵器(ハイパー放射弾頭)の無力化が可能となっていた事、地球側の奇襲攻撃が成功した事もあり、敵の事実上最後の機動部隊主力を殲滅し、見事敵大型母船の撃滅にも成功する。
 ただし、氷惑星「アクエリアス」の最後のワープを阻止するまでには至らず、後はよく知られている通り「ヤマト」が事実上の人柱となって地球を救っている。
 また、母船撃滅後のディンギル帝国軍は、脱出した残存艦隊を用いてさらなる攻撃を行おうとしたが、急遽来援したデスラー総統率いるガルマン帝国艦隊(※急ぎ高速艦ばかりを集成した電撃的な艦隊。デスラー総統がいかに急いでいたかを物語る)により完膚無きまでに殲滅されている。
 なお、この時のガルマン艦隊がガミラス人ばかりで編成されていた事もあり、戦闘はまさに一方的であった。ガミラス人が放射能に強いという特性が、これ以上ないほど発揮された戦闘となった。
 なぜなら、生粋のガミラス人にとっての放射線兵器(ハイパー放射弾頭)は、心地よい風でしかないからだ。
 かくして地球は何度目かの危地を脱し、何度も地球を救った「ヤマト」は以後伝説の中で語られる事になる。


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