サーバッティの町にキサーゴータミーという若い母親がいました。
幼いひとり息子が急病であっけなく息をひきとってしまいました。家族が泣く泣く葬式(そうしき)の用意をはじめると、キサーゴータミーは息子を抱いていいました。
「待って、この子を助ける薬をさがしてくるわ」
家族がひきとめるひまもなく、キサーゴータミーは子どもを抱いてかけだしていきました。
町はずれの物知りのおばあさんの家にかけこみました。
「子どもが死にかけています。良い薬を教えてください、お願いします。おばあさん」
はげしく波うつ母親の胸にしっかり抱かれた子どもを見て、おばあさんはいいました。
「かわいそうに、この子はもう死んでいるよ。死んだ子が生き返る薬があったらどんなにいいか・・・。わたしも子どもを亡くしたから・・・」
キサーゴータミーの耳には入りませんでした。
少し遠くの評判の高い名医の家へ走りました。
「先生、お願いです。子どもを助けてください」
冷たくなったわが子を暖めるように抱きしめる母親に医者はいいました。
「奥さん、それだけはだれにもできないのです」
「そんなことをおっしゃらず、お願いですからこの子を助けてください。お願いします・・・」
泣きくずれるキサーゴータミーの肩をやさしくなでて、医者はなぐさめるようにいいました。
「あなたの薬ならわかります。ジェータの林にいらっしゃるおシャカさまにお聞きなさい」
<薬>という一言(ひとこと)をたのみに、キサーゴータミーは残る力をふりしぼってジェータの林へ向かいました。
「わかりました。それではどこかでけしの種をもらってきなさい。ただし一度も葬式を出したことのない家からですよ」
おシャカさまのことばに、青ざめていたキサーゴータミーのほほは、少し赤みをとりもどしました。
「坊や、もうすぐお薬をあげますからね」
キサーゴータミーは息子にほほずりすると、ふたたび町へ向かいました。
大きな集落が見えてくると、キサーゴータミーの足はひとりでに速くなりました。
「すみませんが、この子の薬にけしの種を少しいただけませんか」
農家の主婦はこころよい返事をして、すぐ奥から持ってきました。
「お宅はお葬式を出したことがありますか」
けげんな顔でキサーゴータミーを見ながら主婦は答えました。
「はい。去年、主人を亡くしましたし、前の年には両親が・・・。でも、いったいなぜ・・・」
キサーゴータミーの話を聞いて主婦は目頭(めがしら)をおさえていいました。
「お気の毒に、けしの種ならどこの家にもあるでしょう。でもお葬式を出したことのない家はねぇ・・・。見つかるといいですね」
キサーゴータミーは次の家を訪ねました。子どもが大勢いました。あとから出てきた母親が、自分の妹が死んでその子どもたちをひきとったところだといいました。その次の家の若い女性は、やっと生まれた赤ちゃんがお腹の中で死んでいたと話しました。
次の家ではおじいさんが笑いながらいいました。
「わしは婆さんと二人暮らしだ。息子は二人あるがな。わしの親と婆さんの親、それの父親の両親と母親の両親、婆さんの方も同じこと、さあて、これで何人死んだかのぅ、ひい、ふう、みい・・・、それにわしらももうすぐだ。ワッハッハ」
一人ひとりの話を聞くうちに、キサーゴータミーの胸の苦(にが)い熱いかたまりは次第に溶けていきました。
「坊や、ごめんなさい。あなたのお薬はみつからなかったの、でもおシャカさまにお礼を申し上げにいきましょう。坊や、いちばん大切なことを教えてくれてありがとう・・・」
キサーゴータミーのほほに涙は流れましたが、刺すような痛みは消えていました。

お気に入りの一曲に戻る

[法句経註釈(ほっくきょうちゅうしゃく)]

けしの種