8.MGSから考える情報社会

 争、特に原子爆弾の痛みを知る人間は年々減りつつある。 何度も戦争の映像やドキュメントなどをテレビや新聞などで見たことがあるのではないだろうか? 修学旅行で広島の原爆ドームに行ったことがある人もいるのではないだろうか? では、どれだけの人が戦争の悲惨さ・残酷さを知ることができるか?―――ほとんどの人はそういうものを目にすれば、耳にすれば想像が付くだろう。 しかし、その戦争でもがき苦しむ人の痛みまでは知ることができない。 

 ゃぁ、我々は戦争の悲惨さ・残酷さを伝える必要はないのか?―――そういう短絡的な答えが出てくる人はいないだろう。 しかし、戦争の悲惨さや残酷さをただ単なる言葉の羅列で未来の子孫にいくら語り伝えても、だんだん事実が捻じ曲げられ、真実を語り継がれることはなくなる。 ましてや、人の遺伝子情報に戦争の悲惨さや残酷さを刻み込むことはできない。 つまり、必要となるのが"デジタルという魔法"なのである。 人間のにも記憶の限界があるが、デジタルという魔法はその限界を遥かにしのぐ量の情報が残すことが可能である。 現在、インターネットでは多彩な写真と動画で飾れている。 この情報社会の中で、未来に残したいものを残すことは可能になったといえるだろう。 

 れと同時に、我々には錯綜する情報を取捨選択する必要性が出てきた。 数十年前までは、日本国内という閉ざされた空間で交わされる情報に過ぎなかった。 それが、世界のあちこちに情報が溢れかえっている―――インターネットの世界はまさに進化をし続け、広がりつつある宇宙空間のようなものである。 果てのない情報は時に我々を混乱させ、間違った方向に引き込む力を持っている。 現在、未来に残さなければならない情報を選び抜く能力を養う必要性が我々に迫られている。 間違っても、誤った情報に惑わされて誤った情報を未来に語り継いではいけないのだ。



9.最後に・・・

 MGSシリーズをプレイした人へ―――。
あなたにとって、"METAL GEAR SOLIDとは何ですか?" もしかしたら、単なるゲームに過ぎない答える人がいるかもしれない。 だが、私としてはそういう気持ちでプレイして欲しくはない。 このゲームが訴えようとすること、それが何なのか?ということを考えながらプレイして欲しいのだ。 確かに、ストーリー性や映像、音楽やゲーム性についていろいろと批評する人がいるが、それにとどまらず倫理的・道徳的な部分に関しても話し合う機会を持って欲しい。 子を持つ親、友人を持つ若者、恋人を持つ彼氏・彼女・・・・・・どんな人であろうとも誰かにMGSの世界観を語り継いで欲しい。 そして、このゲームがいかにすばらしいかということを再認識して欲しい。
そして、この作品が単なる人殺しのゲームではないということを理解して欲しい。

 れからMGSシリーズをプレイする人へ―――。
最初はどんな動機であろうともMGSはプレイして欲しい―ストーリ性、映像、音楽、ゲーム性・・・・・・etc。 ただ、前にも言ったが、ただ単にコントローラーを持ってプレイするだけでなく、MGSが訴えるものは何か?を考えながらプレイして欲しい。 このMGSシリーズから得れるものはたくさんあるし、人生に生かせる部分もたくさんあるだろう。 そして、MGSのすばらしさというものを人に語り継いでいって欲しい、私はそう願う。


 こまで閲覧して様々な意見があるだろうが、あくまでこれは一個人の意見である。 そして、この意見は一メタルギアファンとしての意見でもある。 私はこれを読んだ人が私の意見に同調しろとまでは言うつもりは無いが、少しでもMGSの世界観というものを理解して欲しい。 なぜならば、このゲームは"ゲームを超越したゲーム"なのだから。


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