十人十色<其の二>

「成績に大きく関わる特別演習?」
「シッ、声がでかい!!」
 放課後、人気のなくなった教室の片隅。文次郎、小平太、長次がひそひそと話をしていた。文次郎はやや制服が汚れていて髪の先がやや焦げていたりなんてするけれど、小平太や長次は全く気にする様子もなかった。
「いいか?これは俺が極秘に得た情報なんだ」
「ふむふむ」
 小平太は興味ありげに文次郎の言葉に耳を傾けた。長次も、面倒くさそうにしながらも耳だけはそちらに向ける。時折、退屈そうな視線を窓の外に投げかけていた。
「俺がいつもの通りに学園町の庵の天井裏やら、職員室の床下を探索していたときのことだ。学園長と担任が話していてな…それによると」
 文次郎は、びし!と人差し指を立てた。
「明後日、六年生を対象とした成績に大きく関わる特別演習をすることになったらしい」
「だからさ、その六年生を対象とした成績に大きく関わる特別演習ってなんだよ」
 得意げな文次郎に、小平太はもっともな質問をした。水を指された文次郎は、面白くない顔をする。
「要するにさ、テストなんだろ?多分」
「じゃあ、『特別』って何なんだよ」
「それは…」
 小平太はジト目で文次郎を見た。解答に窮するところを見ると、文次郎はそこまでの情報は仕入れていないらしい。小平太はふう、と溜息をついた。
「っていうかさ、ぜーーったいわざとだと思うぜ?文次郎に聞かせたの」
「んなの解ってらあ。ついさっき同じことを言われたしな」
 嫌そうな顔をしながら、文次郎は焦げた髪の先を擦った。独特の臭いがかすかに漂う。黒くなった指先を擦り合わせながら、文次郎は腰を上げた。
「ま、学園長や担任が何を狙ってんのか知ったこっちゃねーけど。それなりの用意、しとけよ」
「解った。ありがと」
「…………」
 文次郎は、小平太と長次を背に、教室を出た。それを見送ると、小平太は長次と同じく窓の外を見やる。傾いた太陽が、雲を赤く染めていた。
「特別演習、か」
 小平太は一人、呟いたのだった。

 ちょうどその頃。
「伊作先輩!補充、終わりましたあ」
「お疲れ様」
 あれから漸く『補充』を終えた伊作は、同じく『補充』の作業を手伝っていた乱太郎と合流していた。
「僕の方から新野先生に報告しておくから。乱太郎君は先に晩御飯、食べに行っておいで」
 伊作は、便所紙をまとめていた風呂敷をたたみながら言う。乱太郎は少し考えるそぶりを見せた。
「あ、でもきり丸としんべヱには先に食べといてって言っちゃいましたから…最後までお手伝いします」
「え…別に気を使わなくてもいいのに」
「先輩こそ、忙しいんじゃないですか?なんなら僕が報告に」
 お人よし同士なだけに、なかなか話が進まない。同じやり取りを幾度か繰り返した後、二人で報告に行くことになった。
「先輩、明後日、僕たち遠足なんです」
「へえ…何処へ?」
 道すがら、乱太郎が話を切り出した。伊作は耳を傾ける。
「場所は聞いてないんですけど…でも、そのつもりでいるようにって。今までは遠足って結構突然だったんですけど」
 むう、と考え込む乱太郎だったが、それを見て伊作ははっと思い当たるふしがあった。
「…もしかして」
 伊作はなんだかとっても嫌な予感がした。やがてその予感は現実のものとなるのだが、伊作はその時点ではそれをどうしても肯定したくなかったのだった。
 どうしても。

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