十人十色<其の三>

 悪い予感は当たるもの。
 案の定、次の日、六年生全員が校庭に呼び出された。六年生が全員呼び出されるとなると、重要事項に違いない。皆緊張した面もちでいた。
「…文次郎…思ったより向こうが早く動いたな」
「ああ」
 仙蔵は切れ長の目でじっと前を見ながら言った。文次郎はそんな友人の様子を気に留めるでもなく、早く話が始まらないかと辺りを見回していた。
 と、視線の端に何かが映った。
 ――何だ…宝禄火矢か…
 六年間、こういうパターンは何度も見てきた。もう慌てる者もいなければ、期待に胸を躍らせる者もいない。殆どの者が、半ば呆れたような表情で、破裂する宝禄火矢と、その煙の中にやや鈍くなった動きで突入する影を見ていた。
「諸君…ゲホゲホッ!」
 そしてその煙が晴れたとき――老いながらも鋭い眼光は残した人物、学園長が姿を現す。やっぱりこれも、皆見慣れていたので今更『格好いい』などという者も、驚く者もいなかった。
「うーん…やっぱ忍者はこうでないとな」
 文次郎が一人唸る。往々にして、どんな者にでも例外はつきものなのである。

「えー…本日諸君に集まって貰ったのは他でもない」
 漸く煙が完全に晴れたのち、学園長は切り出した。
「中には知っている者もおるが」
 学園長は文次郎の方を見た。
「ホラ見ろ。やっぱり気付かれてたんじゃん」
 呟く小平太を、長次が軽くこづく。その様子を視界の端におさめながら、学園長は声を張り上げた。
「明日、夜明けと共に、成績に大きく関わる特別演習を行う!!」
 『成績に大きく関わる』に六年生達はぴくりと反応した。すぐにどよめきが起こる。
「まあ、最後まで聞け」
 学園長の言葉に皆、口をつぐむ。学園長は満足そうに生徒達を見回した。
「よいか諸君。忍者たる者、誰にも知られずに任務を遂行させなければならない。そこで、じゃ」
 ぴくり。
 伊作の眉が動いた。嫌な予感がしたのだ。
「お前達には裏山で、勝ち残り形式の武術大会を行って貰う。相手、手段は問わん。とにかく、長い間勝ち残るのじゃ。勝ち残っていた期間の長さと、相手との対戦の内容によって成績を付ける」
 六年生の間に、緊張が走った。
「長く残っていても逃げてばかりでは点数はつかんし、がむしゃらにぶつかっていって負けてもいかん。負けたらその時点で終わりじゃ。手段は問わんと言った以上、数人で連合してもよし、裏切りも勿論ありじゃ。普段の友も敵だと思え!よいな!!」
「はい!!」
「学園長」
 凛とした声が響いた。仙蔵である。仙蔵は学園長をじっと見て言った。
「それだけではないでしょう?この演習には他にも何かあるのではありませんか」
 学園長は、ほお、と小さく唸った。
「冴えとるのお…誰からも言われなんだら黙っておるつもりじゃったが」
 学園長は満足そうに微笑むと、咳払いを一つした。
「立花の言うとおり、この演習にはさらにもう一つ、負荷がある。先程も言ったように、一人の忍びとなる以上、秘密裏に行動を行う能力が必要じゃ。そこで…」
 まさか。伊作は思った。
 しかし、不幸にも予感は的中することになる。
「お前達が演習を行うのと同じ会場で、同じ日に、一年生全員による遠足も実施する。一年生に気付かれるか、若しくは怪我をさせたり、戦闘に巻き込んだりした者は即時失格。その上、休み返上で補習授業じゃ!!」
 六年生達は青ざめた。
 『休み返上で補習授業』なんて言葉までしっかり聞こえていた者は殆どいない。大半が『一年生全員による遠足と同時』という事実に関して、この上ない不安感を抱いていた。
 一年生、特に一年は組が厄介な集団だというのは皆聞いている。
 二人の担任を休み中も学園に拘束し、いつも厄介ごとに首を突っ込み、あの学園一冷静な仙蔵をキレさせ…数え上げたらきりがない罪状が並ぶ。
 六年生の生徒達は、ゆっくりと件の仙蔵の方を見た。そして、軽く寿命を縮めた。

 その時の仙蔵の表情について、語ろうとする者は誰一人としていなかったという。

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