十人十色<其の四>
夜明けとともに始めるということは、夜明け前が勝負である、ということである。
学園長の演説が終わると同時に、六年生たちはいっせいに行動を始めた。同盟を組もうと奔走する者、仕掛け作りにおわれる者、作戦を立てようと部屋に閉じこもる者・・・そんな同級生たちに混じって、例の5人は早々と裏山に集まっていた。
「早速だが」
仙蔵が声を潜めて口火を切った。
「一応確認しておく。とりあえず、私達以外の敵がいなくなるまでは同盟関係でいる。これに異論は?」
「ない」
文次郎が即答した。小平太、伊作、長次もそろって首を縦に振る。仙蔵は4人を一通り見回すと、少しほっとしたような表情を浮かべた。
「敵がいなくなったら、お互い敵同士になる。これは?」
「ちょっと遠慮したいかもな」
仙蔵の言葉に、小平太が苦笑いしながら返す。伊作も相槌を打つかのように首を縦に振った。
「そうか?別に良いぜ、俺は。『昨日の友は今日の敵』ってね。くーッ!戦う漢のロマンだぜ!」
「はいはい」
一人盛り上がる文次郎を、伊作は横に押しのけ、仙蔵に言った。
「別に敵対関係になる必要はないんじゃない?一人になるまでやるってわけじゃないんだし」
「しかし」
仙蔵はぴしゃりと言った。
「何もしないでいるのより、少しでも敵を倒したほうが評価は上がるんだろう?手にしうる評価を馴れ合いのために犠牲にする気など私にはないんだが」
「全く、随分なことをさらりと言ってのけるなあ・・・お前」
小平太が呆れたように言う。
「じゃあさ、とりあえず他のやつらの全員脱落だけを目標にしておこうよ。もしそれを達成したときに時間がまだあるようなら、それぞれ自分の思うようにしたらいいだろ?」
「わかった」
小平太の出した提案に、全員が頷く。こうして、彼らの作業は始まったのであった。
「それでは、夜明けと同時の裏山への遠足にしゅっぱーつ!!」
「おーーー」
それより少し後。夜明けを迎えようとしている学園の校庭に凛とした声と、それとは正反対の眠たそうな声がこだました。前者の声の主は問題児クラス、一年は組の担任の土井半助の声、そして後者はその生徒たちの声である。
「ふぁ・・・眠い・・・」
乱太郎は、寝ぼけ眼をこすりつつ、重たい足を前に運ぶ。睡魔のせいか、なかなかまっすぐ歩けなかった。
「随分眠そうだねえ・・・大丈夫?」
そんな乱太郎に声をかけたのは、は組の学級委員長、庄左ヱ門だった。
「あァ、庄左ヱ門・・・おはよー」
「どうしたの?昨日、夜更かしでもした?」
庄左ヱ門の問に、ワンテンポ遅れて乱太郎が返す。
「昨日・・・保険委員の仕事してて・・・晩御飯が遅くなった上にしんべヱのお菓子にわいた虫を退治してそれからきり丸の」
「そ・・・そりゃあ、大変だったんだね」
「おかげで眠くて眠くて・・・早朝ランニングじゃないだけマシだけど」
「たしかに」
庄左ヱ門は苦笑して、ふと乱太郎のルームメイトを探す。寝ながら歩いているのはしんべヱで、それから・・・
「きり丸も寝不足みたいだね」
庄左ヱ門はそう言ってきり丸のほうを指差す。乱太郎が緩慢な動作でそちらを振り返ると、放心状態できり丸が歩いていた。
「あァ、あれ?あれは寝不足もあるけど、それ以上の理由があるんだよ」
「え?何?」
庄左ヱ門がせかす。乱太郎は目をこすり、あくびをひとつしてから答えた。
「きり丸のやつ、手ぶらで朝歩くのは体に悪いみたい」
きり丸が新聞やらアサリやらをたくさん装備して歩く姿を想像した庄左ヱ門は、この同級生の気苦労を察してそっと合掌したのだった。
「あー、明けちまったな、夜」
山の向こうから顔を出す太陽を眺め、文次郎はポツリと呟いた。およそ、これから訓練が始まろうとしていることなど感じさせないような、平和的な呟きだった。
「で、何?お前たち・・・早速俺に挑戦か?」
文次郎はそういって振り返る。今まで葉の一枚も揺れていなかった草むらが突如音を立て、幾人分もの影が太陽と逆方向に伸びた。皆、無言で文次郎を見つめる。
「何だ?この殺気・・・まさか!!」
文次郎の目が見開かれた瞬間、影のうちの一人がさっと手を上げた。
その爆音は、試験開始を合図する太鼓の音にかき消されたのだった。