十人十色<其の五>

「で?手始めに私を・・・か?」
 仙蔵は、切れ長のその目に挑戦的な光を宿し、同級生を見据えていた。見据えられた同級生は一瞬唾を飲み、刀を握りなおす。
「おうよ。お前さえ倒してしまえば後が楽になるってもんだ」
 彼はのどから搾り出すようにしてそういうと、まっすぐに仙蔵を見た。仙蔵はじっと彼を見据えたまま、呼吸を整える。相変わらず隙を見せない動きだった。
 と。
 睨み合う二人の鼓膜がわずかな音を捉えた。同時に、鋭敏に研ぎ澄まされたその神経が十人ほどの気配を感じ取る。
「来たか」
 仙蔵は舌打ちした。できることなら会いたくない人物がその中に約二名含まれている。
「その前に終わらせねば」
 仙蔵のつぶやきに、同級生は地面を蹴った。そのまままっすぐ仙蔵の懐へ切り込む。仙蔵はなかなか動かなかった。
「まっすぐな動き・・・小平太に似ているな」
 冷静に呟くと、彼の刃先が自分に触れるか触れないかの瞬間に、仙蔵はすっと右足を引いた。それだけで、刃の軌道上から仙蔵の体はなくなる。勢い余って自分の目の前を通過する彼の背中を、仙蔵はぽん、と押した。
 それで十分だった。
 同級生はそのまま道の方へ倒れこむ。
「――ッ!!」
 ガサガサという草を下敷きにする音とともに、彼は一年は組一行の目の前に姿をさらす羽目になった。
「あーッ!!六年生の先輩だ!!」
「実習中ですかあ?」
「あの僕お腹すいちゃったんですけど」
「いいバイト知りません?」
「僕のナメちゃんの上に倒れないでくださいよ!!」
 たとえ鈍いといわれている一年生でも、それだけ派手に登場すれば気づく。彼はあっという間に好奇心旺盛なは組の連中に囲まれてしまった。
「失格・・・だね」
 半助にそっと宣告され、彼はがっくりと項垂れる。仙蔵は少し離れた木の陰から一部始終を見届けると、物音ひとつ立てずにその場を去ったのだった。

「――ッ」
 伊作は、何者かの気配に思わず振り返った。茂みの向こうから誰かが近づいてくる。伊作は刀にそっと触れた。
「待てよ。俺だって」
「文次郎」
 伊作はほっと息をつくと、刀から手を離した。茂みの向こうから見慣れた友人が近づいてくる。
「海」
「川」
 気持ちだけ、と決めておいた合言葉を互いに呟く。伊作は微笑むと口を開いた。
「どうしたの?文次郎」
「それがさ・・・一緒に組むはずだった小平太が見当たんなくて」
「文次郎が組むはずだったのは長次でしょ・・・もしかして、試してる?僕が本物かどうか」
 伊作はじっと文次郎の眼を見る。文次郎は一瞬視線を落として言った。
「もうひとつ可能性、あるだろ」
「どういうこと?」
 伊作は少し身構えて言った。ただならぬ雰囲気を感じ取ったからだ。それを察してか、文次郎はにやりと笑った。
「俺が偽物、っていう可能性・・・あるだろ?」
 伊作は反射的に地を蹴った。左腕を刃が掠める。
「――ッ!!」
 利き腕でなくて好かった、そんなことを頭の片隅で考えながら伊作は刀を抜いた。
 眼前に迫る刃をすんでのところで受け止める。
「・・・君は・・・誰なんだ?」
 伊作は交差する刀の向こうの見知った顔をじっと見据えた。『文次郎』は徐に口を開く。
「さあな・・・お前はどう思っているんだ?」
「考えられる可能性は三つ。文次郎本人、変装した同級生・・・それから」
 伊作は口を真一文字に結んだ。何も言わずに目の前の相手を見据えるまなざしを鋭くする。
「俺の口から言わせる気か?そうは行かないぜ」
『文次郎』は切り結んでいた刃を突然引いた。伊作は思わず体制を崩す。
「俺に勝ったら教えてやるよ!」
 次の瞬間、伊作の目は大きく見開かれたのだった。


「・・・首尾は?」
「はい。手始めに、二人」
 闇の中、くぐもった声でのやり取りがされていた。首領と思しき男と、もう一人はおそらく連絡係だろう。
「そうか・・・いいか、くれぐれも教師に気づかれるな」
「心得ております・・・しかし困ったことになりました。どうやら、一年生どもも同じ会場で実習をしている模様です・・・如何いたしましょうや」
 連絡係はちらりと顔を上げた。首領の輪郭がかすかに見える。
「かまわぬ。放っておけ。ただ、もし邪魔になれば・・・」
「御意」
 首領の言葉を待たずして、連絡係は軽く頭を下げると、その場を後にした。
「・・・期待しておるぞ」
 首領の最後の言葉は、闇の中に消えて行ったのであった。

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