さんにん。<前編>

「さんにん!?」
 素っ頓狂な声が職員室に響く。盛大な溜息をついて、伝蔵は学園長に問うた。
「学園長…3人、とはどういうことですか」
「そのまんまじゃ」
 訊かれた学園長は、しれっと答えた。
「この前は混合ダブルスサバイバルオリエンテーリング…2人で競技を行った。だから今回は」
 言いながら、指を三本立てる。
「3人、じゃ」
 伝蔵は再度大きな溜息をついた。一度言い出したらこの老人を動かすことは不可能だ、ということは長年にわたる教師生活で既に心得ている。
 一方の学園長は、満足げにそんな伝蔵を見ていた。反論が無いのを同意と取ったのである。
 げに迷惑な老人であった。

 競技の三人組はくじ引きで決められた。急に校庭に呼び出された生徒達は文句を言いながらも、くじに従って組を作り、次々と学園を出発していく。そんな中、いつまでも校庭に残っている者たちがいた。
「伊作先輩」
 雷蔵が、くじを見せながら伊作に走り寄った。呼び止められて、伊作も口元に笑みを浮かべた。
「雷蔵。君とだったのか」
 伊作も、先程引いたくじを提示して見せた。同じ文字が、雷蔵の手元のそれにも書かれている。
「よかった…伊作先輩と一緒で。僕が一番上だったらどうしようかと思っていたんです」
 もともと気の弱い雷蔵は、心底安心したような表情を見せた。
 以前の混合ダブルスサバイバルオリエンテーリングの際には、相手が一年生だと事前に知らされていたから良かったようなものの、今回は勝手が違った。場合によっては年のさほど違わない3年生や4年生と組むこともある。もしその二人が仲が悪かったら、果たして自分がその二人を率いることができるだろうかと、不安でたまらなかったのだ。
「ところで…もう一人は?」
 雷蔵は辺りを見回した。なかなか相手が見つけられなくてうろうろしている忍たまが十数人いる。と、一人の忍たまがこちらに向かって歩いてきた。
「先輩!!」
「左門…」
 鼓膜が破れんばかりに大きな声で、左門は二人に呼びかけた。伊作と雷蔵は一抹の不安を抱えながらも返答した。
「先輩!!僕と同じ組ではありませんか!?」
「はい!?」
 二人は同時に首をひねった。左門はくじを提示もせずに訊いてくる。二人は顔を見合わせて、自分達のくじを取り出して見せた。
「僕達のくじはこれだけど…?」
「ああ、これです!!」
 左門はそのとき、ようやっと自分のくじを見せた。なるほど、同じ文字が書かれている。
「先程から、自分と同じ組だろうと思った先輩方に次々声をかけて見たんですが」
 漸く当たりました、と左門は豪快に笑って見せた。伊作と雷蔵は視線を宙に浮かせる。
 神崎左門。
 学園一決断力があると言われている人物だ。彼は時折、直感だけで選択を行うことがある。恐らく、自分の直感の命ずるままに声をかけていったのだろう。ただ、彼がこうして最後の方まで自分と同じ組の仲間を見つけ出せなかったあたり、以前の運試し競争の結果は実に信用の置けるものだと言えるだろう。

 伊作は思った。
 ――よりによって一番決断力のある神崎と、迷い癖のある不破が僕の組だなんて…やっぱり僕は文次郎の言うとおり、学園一不運なんだろうか?
 雷蔵は思った。
 ――伊作先輩は頼りになるけど不運だって言われてるし…左門は決断力のある方向オンチって聞いてるし…やっぱりあの時、隣のくじにしておいたほうがよかったかなあ…
 左門は思った。
 ――もう決まってしまった組は変えられない。ひたすら前進あるのみ!!

 かくして、無謀とも思える三人の旅路が始まったのである。


 出発して少したったころ、伊作たちの眼前で、道が4つに分かれた。三人は立ち止まり、伊作の手元の地図をじっと覗き込む。
「地図によると」
 伊作は地図と道を幾度も見比べて言った。
「どうやらどの道をとっても目的地には到着するようだね。ただ…」
 伊作は左端から道を一本ずつ指していく。
「一番左の道は最も道のりが長い。その次が2番目に長い道で、一番右が最短の道だ」
 地図にはそれ以上の情報は無い、と伊作は言った。雷蔵も、左門も神妙な面持ちで道を睨む。
「どうしましょう…一番右の道を選ぶのが常道でしょうが、きっと罠も多いに違いありません。だからと言って一番左の道に罠が少ないとも限らないので…」
 そう言ったのは雷蔵である。左門は、短い髷を揺らして、雷蔵の方に向き直った。
「でも、いつまでもこうしてはいられません。さっさと決めてしまいましょう」
 左門は、今度は伊作の方を向いた。
「伊作先輩はどの道がよいとお考えで?」
「そうだなあ…」
 伊作はあごに手を当てて、少し考えるそぶりをした。それから、ゆっくりと口を開く。
「やはり、一番長い道と一番短い道は敬遠すべきじゃないかな。いずれをとっても、多分大変な道になるだろうし。まあ、他の組も同じ事を考えているかもしれないけれど」
 言って、伊作は微笑んだ。左門は、やや早い口調で問い返す。
「なら、伊作先輩は真ん中の2本の道のうち、どちらを選ばれます?直感で」
「直感で?」
 伊作は、少し怪訝な表情をした。小首を傾げてから、スッと右側の道を指す。
「なら…こっちかなあ」
「わかりました。では行きましょう」
 言って、左門はくるりときびすを返した。左門は、すたすたと左の道を行く。
「え…?」
 伊作と雷蔵は慌てて制止にかかる。左門は、振り返って二人をじっと見ると、さらりと言ってのけた。
「だって、伊作先輩が右を選ばれたんでしょう?なら左に行くしかないじゃないですか」
 ――だって、伊作先輩は不運委員なんですから。
 そうした意味合いの言葉が言外に含まれている。それを察した伊作はやや膨れ気味になった。
 雷蔵は相変わらず思案していた。
 ――でもやっぱりこういう選択をした上で伊作先輩の『不運』がたたるのなら…やっぱり別の道に…?でもそうしたところで結局…
 どうやら雷蔵に結論は出せそうになかった。

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