「花の下にて」

───何時、死にたい?

「なあ」
いつだったかどこかの城に」その季節だけということで雇われていた時に、
同じようにして雇われた男に訊かれた。
「お前は何時死にたい?」
戦忍びとして生きていたからいつも当たり前のように接している『死』という言葉
に、少し驚いた。
「験の悪い・・・何だ、自殺願望でもあるのか?」
自分はまだ死にたくなかったし今でもそれは同じだがその時ふと考えたことがあった。
「そういうわけじゃない。なんとなくな・・・
 お前はどの季節に死にたい?」
そのときの季節は秋。もう冬が近づいて霜が降りようかというときだった。
「ああ・・・春、花の下で死にたい」
答えてその場を離れようとした。あまり自分が死ぬときの事を考え続けるのも妙な気分だ。
立ち上がろうとした時にまた声をかけられる。
「まだ、先だな・・・俺は今ぐらいの季節に死にたいが」
それを聞いて嫌気がさして足早にそこを立ち去った。



少し離れた砦の一番上に登るとまた先程の言葉を思い出した。
───何時、死にたい?

夏、灼熱の太陽に焼かれて草いきれの中でじりじりと死を待つか。

秋、鮮やかに美しくしかし命は尽きて枯れゆき冷えていくばかりの中で死を待つか。

冬、全てのものが凍りつき冷え切った中で自らも凍りながら死を待つか。

それよりも自分は花の下で生命が息づくのを感じながら暖かくやわらかな日差しの中で
死にたいと願う。
そう考えまた自分はもとの場所に戻ることにした。

帰ってみれば秋に死にたいと願った男は死んでいた。
その場所は東の物見櫓。自分が先程までいた砦は西のはずれ。
見れば本丸のあたりが騒がしい。
自分が砦に行っていたほんの半刻もしないうちに矢が射掛けられ火が放たれ
兵が切り込んで来たとは。何故砦が見つからなかったか城の構造を思い出してみて
やっとわかる。本丸の一番上からしか見えないように作られているのだった。
逆にこの東の櫓は一番目立つように作られている。
それを思い出した途端、櫓のあたりが騒がしくなってきた。
火矢が射掛けられる音がして、少ししてから炎がたつ。
・・・このままでは焼け死ぬ。ぼんやりとそんなことを考えながら城を脱出し、
山に入り逃げた。
───秋に死にたいと言った男は幸せだったのだろうか。
   その言葉の通りに死んでいった。
   しかし自分は春に死にたい。
   まだ、死にたくない。
走り続け、逃げ切った。

その時自分は自分は気づいていなかった。春という季節の恐ろしさを。
生命が芽吹くときは同時に多くの糧が必要となる。
そのために古き躯は瞬く間に消えてゆく。
後に残るは骨ばかりと言うがその骨すらも獣に喰われて残らない。
誰にも墓を作ってなどもらえない。
それが春に死にたいと願った者の運命。

もしもどうしても自分の墓が欲しいのならば。
その時自分は秋の終わりに死ねば良いと言うのだろう。
生命は皆凍りつき糧にされることなく獣もすべて冬ごもり。
躯も冷え切りこおりがとけて春になるまで変わらない。
随分長い時間が過ぎるから誰かが見つけるのもたやすいだろう。

しかしそれでもまだ自分は春に死にたいと願う。
たとえ何も残らぬとわかっていても。
次へと続く生命の糧となるならばすべて消えても構わない。

侍だった男が僧になった後によく似た歌を詠んでいた。

   願わくば 花の下にて 春死なん  

この歌のように自らも死にたい。


御本人のコメント
 …最初父上書いてるつもりで気付けば固有名詞がないから戦忍びの経験があるんなら誰でもOKかな、とか。
 例→山田伝蔵 山田利吉 大木雅之助 野村雄三 大川平次渦正(爆)
                              …なんか多いぞ。
 ていうか忍たまとか落乱じゃなくて単なる忍者系?いやそれすらも怪しいか。
 ほとんどモノローグで通してるし。
 修行すべし。

…いえいえ、そんなことありませんよ。私こそ修行しなきゃ。

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