表裏一体〜其の一〜

 木々の間を三つの影が走る。
 そのうち二つは深緑、残りの一つは漆黒の影だった。
 深緑の影のうちの一つがゆらめく。
 瞬間、三つのことが起こる。
 その影から手裏剣が放たれる。
 漆黒は身を引いてそれをよける。
 しかしその反対側からもう一つの深緑が短刀を突き出す。
 あわや、と思われた瞬間、短刀は漆黒によってはたき落とされた。
 「ありがとうございました」
 二つの深緑がすっと膝を折る。
 「うむ。それでは小休止とするか」
 漆黒はそう言うと近くの岩に腰を下ろした。

 「二人ともだいぶと上達したな」
 漆黒――もとい、山田伝蔵は目前の二人の深緑に向かって話しかける。
 二人の深緑は顔を見合わせる。
 片方――山田利吉は、もう片方――蘿に向かって笑いかける。
 蘿は利吉と目があった瞬間、ぱっと顔を背けた。
 「ただ、まだまだだという点も多かったぞ」
 伝蔵がそんな二人に釘を差す。
 「まずは利吉」
 はい、と言って利吉は緊張した面もちで伝蔵の顔を見た。
 その目は父を見つめる息子の目ではなく、師を仰ぐ弟子の目であった。
 「お前、少し手加減しただろう」
 鋭い目で見られ、利吉はうっと言葉を詰まらせた。
 「あんなのでは注意を引くことすらできんぞ。
  お前が本気で投げたとて、避けきれぬわしではない。手を抜くなど、十年早いわ」
 「すみませんでした。以後、気をつけます」
 利吉はすっかり恐縮して答えた。
 「それから蘿」
 はい、と答えて蘿は切れ長の目で伝蔵を見据えた。
 とても子どもの目とは思えない、そういった目だった。
 「お前もまた然り、だ。払われる前に短刀を引っ込める奴がどこにいる」
 蘿は目をわずかに見開いただけで、身じろぎもしなかった。
 「お言葉、肝に銘じます」
 蘿はそれだけ言うと、頭を下げた。
 
 その夜、伝蔵の家を客人が訪れた。
 最近赴任したばかりの新米教師、大木雅之助であった。
 「昼間はご苦労様でした」
 雅之助は茶を勧めようとする伝蔵に言った。
 「誰か見ておると思ったらお前であったか」
 伝蔵は苦笑いして茶をすする。
 「ずいぶん対照的なんですね、ご子息とあの蘿とかいう子。お友達ですか?」
 「まあ、そんなもんだ。初めての好敵手、というか相棒というか」
 そこまでいうと伝蔵は湯飲みを置いた。
 「で、今日の用件は何だね?昼からずっといたということは別段急ぎの用でもないようだが?」
 「はい。ただ、学園長がこの近辺で不穏な動きがあると伝えてくれ、と」
 そのとき、伝蔵の目が一瞬、鋭く光った。
 「何奴!!」
 伝蔵はわずかに開いた天井裏の隙間に手裏剣を打ち込む。
 と、気配が消えた。
 ――逃げられた!?
 伝蔵の目が見開かれる。
 雅之助もその光景を信じられない、といった目で見つめていた。
 「こんな事が…」
 しばし、二人はその場で呆然としていた。

 翌日。
 利吉はいつもの場所で肩慣らしをしていた。
 いつもの場所、いつもの時間。
 いつもなら――蘿がやってくる、その筈だった。
 しかし、蘿は来なかった。
 二年間一度も来ない日などなかったのに。
 利吉は待った。
 ひたすら、蘿はやってくると信じて。

 その晩、利吉はうかない顔をして帰ってきた。
 「父上…蘿が…来なかったんです」
 利吉は伝蔵にそう一言言うと奥の部屋に入ろうとした。
 しかしふと伝蔵とその隣にいる人物に目を留める。
 二人とも静かに利吉を見つめていた。
 利吉は無言でその場に座る。
 しばらく沈黙の時が流れるが、不意に伝蔵が口を開いた。
 「利吉…蘿とは何者なのだ?」 

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