表裏一体〜其の三〜
「こんにちは。土井先生」
「やあ、利吉君。お父上に用事かい?」
忍術学園の一角でこんな会話が交わされている。
若い教師、土井半助は同僚の息子のフリーの忍者、山田利吉にそう言いながら視線を向けた。
「ええ。まあ、今回も母からの荷物を届けにきただけなんですけど」
そう言って、利吉は風呂敷包みをひょい、とあげてみせる。
「おや、今回は少ないんだね」
半助はくすくす笑いながら手にしていた箒を壁に立てかけた。
「そんな。多い時って大変なんですから」
利吉は上目遣いで、そして訴えかけるように半助に言う。
その仕草がなんだかかわいらしく、日頃の利吉とのギャップを感じた半助は再びくすっと笑った。
「あっ、非道い。他人事だと思って…」
利吉が文句を言おうとしたとき、半鐘が鳴る。
「…授業が終わったみたいだね。行っておいで」
「…はい、では」
利吉はそう言うと半助に一礼してその場を去った。
「父上。母上からの預かりものです」
利吉はそう言うと手にしていた風呂敷包みを差し出した。
その先には利吉の父親である中年教師、山田伝蔵の姿があった。
「ご苦労…って、今回は少ないんだな」
「父上〜〜」
恨めしそうな顔で利吉は伝蔵の顔をのぞき込む。
「運ぶ私の身にもなって下さい、父上!
毎日母上に愚痴を聞かされる上に仕事の合間を縫ってこうしてお届けしてるんですよ!?」
「まあ、そう怒るな…次の休みには帰るから」
伝蔵は思わず身を引きながら言う。
「本当でしょうね!?前も帰ると仰ったのにお帰りにならなかったじゃないですか!!」
「…ああ、今度こそは帰る。今度こそは帰るから…」
ますます伝蔵は利吉に圧され、たじたじとなっている。
――全く…いつの間にこんなに成長したのか…少し前までは少し言われただけでも泣いておったというに…
伝蔵は一瞬苦笑するが、ふっと目を閉じる。
「――で?次の仕事は何なのだ」
利吉は目を見開いた。
――やはり父上には負けるな。
利吉は心の中で呟き、そして言った。
「バレましたか?実は少し相談があるんですよ」
「ほう」
二人の視線がぶつかる。
親子の視線ではなく、忍びとしての師と弟子の視線で。
利吉にその仕事の依頼があったのは二日前のことだった。
依頼主はとある城の家老だった。
最近その城の領内で力のある人物やそこそこの商人が次々に何者かによって暗殺されているとい
うのだ。
中には家老の知り合いもおり、このままでは自分もやられるかも知れないので、その暗殺者を捕
まえて欲しい、そして場合によっては殺してしまっても構わないというものだった。
利吉はその家老について事前調査をしていた。
もし仮にその家老や、すでに殺された者達が悪人であればあっさり見放すつもりだったのだ。
しかし、綿密な調査の結果、そうでないことが解った。
殺された者達も、その家老もとても良い人物だという結論に達していた利吉は、即座にその依頼
を受けた。
それを聞いて家老はほっとした表情になり、そして信じられないことを言ったのだ。
『こちらで相方を用意している。その人物と行動して欲しい』と。
そこまで言って利吉は黙り込んだ。
伝蔵は息子の横顔を見て、そして言った。
「たしかに、臭いな」
「どうしたら良いのでしょう」
利吉はすっかり困り顔で訊く。伝蔵はしばらく間をおいて、答えた。
「…ま、一回会ってみたらどうだ。その相方とやらと」
伝蔵はわざと笑顔でそう言う。利吉はほう、と息をついて姿勢を正した。
「そうですね。そうしてみます」
その晩、利吉は忍術学園を後にした。