表裏一体〜其の四〜
「信じてくれたんじゃのう、利吉や」
「…」
とある屋敷の一角で利吉は家老と対面した。
「こちらから相方を用意したりして疑われるのではないかと思っていたが…その様子なら大丈夫そうじゃな」
「はい…で、その相方というのは…?」
「そう焦るでない」
家老は手で利吉を制し横の障子を見つめる。
「連れて参れ」
障子の向こうの仲居に命じ、家老は利吉のほうを向いた。
「彼もなかなかの手練れでな。確か年の頃は…同じくらいであったかのう…」
「失礼いたします」
家老が話している途中で障子の向こうに人影が映る。冷ややかな男の声だった。
「うむ。入れ」
家老が言うと、障子がすっと開く。利吉は体を少し横に移動させ、顔を下げる。利吉の視界の端に座る男の姿があった。いや、年の頃から青年といった方がいいだろうか。ちょうど真横に座った男の顔は鋭い目が印象的だった。
「共に仕事をしてもらう相方じゃ。蘿という」
「…!!」
利吉の目が見開かれた。唇はかたかたと震えるばかりで、言葉は紡がれない。
「蘿、これは利吉といってな…」
「…利…吉…?」
蘿ががばっと横を向く。信じられないと言った表情で利吉をみていた。
「なんじゃ。知り合いであったか」
家老も驚きの声をあげる。しばし、沈黙の時が流れた。
その後、二人は任務の概要の確認をして、早速動くことになった。
しかし、家老の元を発つと互いに何を言っていいものか黙り込んでしまった。
――六年前、何故いきなり姿を消したのか。
――今まで何処で何をしていたのか。
訊きたいことは沢山あるはずなのに、利吉は何も切り出すことができなかった。
「利吉」
蘿が不意に声をかける。
「訊きたいことがあるんなら後でいくらでも聞く。だから今は任務に専念してくれ」
そうだった。自分は任務中だったのだ。こんな事を気にしている場合ではない。
「ごめん、蘿…足は引っ張らないから」
「上等だ…ところで…今回の事件を起こしたの…誰か知ってるか」
蘿は声のトーンを少し下げて聞く。利吉は一瞬おかしいと思ったが、平生を装う。
「いや…まだ割れてないんだ」
「なら教えてやる。今回の標的は俺の…兄貴だ」
「え…」
利吉の足が止まった。蘿も合わせて止まる。二人の間を風が吹き抜けた。
「仕方ないだろ…それが真実なのだから…」
蘿は顔をうつむけて答えた。声は消え入りそうになっている。
「…じゃあまさか…蘿が相方として最初から選ばれていたのは…」
「ああ。そしてお前はその監視役って訳だ」
蘿は顔を背けた。と、その時。二人の顔が凍り付いた。
「――!?」
突き刺さるような視線。背筋が凍るような殺気。
利吉はこれほどまでに恐怖を感じたことはなかった。思わず蘿の方を見る。
蘿は全く表情を変えずに呟いた。
「――真っ向勝負という訳か?こちらとしてはいちいち標的を探さずに済むから楽なのだが…」
「まあ、そんなとこだ。お前なんぞ、正面から行っても私の敵ではないのでな」
蘿の呟きに視線の主が答える。兄弟とは思えない、冷たい会話。
嵐の、始まりだった。