表裏一体〜其の五〜
林の中に金属音が響く。今は戦いの真っ直中だった。こちらは二人。あちらは一人。どう見てもこちらのほうが有利だ――しかし。
(マズイな…)
利吉はちっ、と舌を鳴らす。戦いは明らかにあちらのペースになっていた。
(このままでは…)
利吉はちらっと蘿の方を見る。蘿は相変わらずのポーカーフェイスで敵――己の兄と戦っていた。しかしその瞳にはわずかに焦りの色が見える。
(たとえ私情は捨てたと言っても蘿は戦いにくい筈…私がその分やらねば…)
そうは思うものの、利吉は内心困り果てていた。どうしても蘿の兄に刃を突き立てることはできないのだ。そんなことは初めてだった。
(どうすればいい?どうすれば…)
「どうした?遠慮はいらないぞ」
「!!」
「バカッ!!利吉後ろッ…!!」
利吉は物思いにふけってしまっていた。勿論、それを逃す『標的』ではない。『標的』が振り上げる刀が夕焼けに反射する。
(―――ッ!!)
刀がまさに振り下ろされようとした瞬間、利吉は見た。刀の切っ先が僅かに右にぶれるのを。『標的』の口元がにやりとゆがむ。
「!!!」
利吉が声を出すより先に『標的』は、体をよじるようにして刀を後ろに向け、なぎ払うように下ろした。
そしてその先には――
「蘿ッ!!」
ほんの一瞬で起こった出来事の筈なのに、利吉の目にはスローモーションのようにそれが映った。
振り下ろされる刀。
不利な体勢から必至で身を引こうとする蘿。
そして刀を思いっきり横にひく『標的』。
地面にのけぞるようにして倒れた蘿。
余りの驚きに一瞬、利吉は動けなくなった。
何が起こったのか飲み込むのに時間がかかる。『標的』はその間にも自分に迫ってきているのに。
気がついたときにはもう射程距離内に『標的』がいた。
(もう…)
利吉が諦め駆けたときだった。急に『標的』の動きが止まる。音を立てて倒れる『標的』。
「利吉!!吸うなッ!!早くこっちへ!!」
聞き慣れた声がした。利吉は言われるままに『標的』を飛び越してそちらへと行く。
利吉は目の前にいる人物に驚きの表情を隠せなかった。
「蘿…君は…」
「…ったく…風上にいることくらい頭に入れとけよ」
蘿は利吉を軽くこづく。利吉は蘿が斬られたであろう胸元を見て目を丸くした。檜皮色の蘿の小袖の下…そこにあったのは人間の皮膚ではなかった。
めくれ上がっていたのは肌色の布…だろうか。そしてその布の下には白い布が顔を出していた。刀の切っ先は肌色の布をかすめたのだ。
利吉の視線に気付き、蘿は小袖の襟をきゅっと合わせる。俯いたままで蘿は言った。
「…あとで…後で全部話す。とりあえず、今は任務が先だ」
今までに聞いたことのない、切なげな蘿の声。
利吉は頷き、倒れている『標的』の方へ走った。
『標的』を見て利吉は驚いた。『標的』は息をしていた。どうやら眠り薬の類だったらしい。
「…俺…人殺せねえから」
蘿はポツリと言う。利吉は一度蘿を見つめ、そして『標的』を縛り上げる。
「後はあの家老に届けるだけ、か」
利吉が『標的』を担ぎ上げると蘿は頷き、目的地へと走っていった。
利吉はその後を複雑な気持ちで追う。
――蘿…君は…一体誰なんだ?
八年前から引きずってきた疑問。
その答えが、今近づいてきていた。