表裏一体〜其の六〜

 帰り道。
 利吉と蘿は一定の距離を保ったまま無言で歩き続けていた。
 利吉はどう切り出していいものやら思案を重ねていた。
 一方の蘿は俯いたままで歩いている。
 利吉はちらりと蘿の方を見た。こんな蘿を見るのは初めてだった。
「…蘿」
 利吉は思い切って言う。蘿は足を止めると利吉を見た。
「あ…あのさ」
「ごめん…」
 蘿はそれだけ言って駆けだした。利吉は慌てて檜皮色の背中を追う。
 気がつくと野原にでていた。
「蘿ッ!!一体どういう…」
 利吉がしびれを切らして叫ぶと突然蘿は襟元に手を当てて、さっと小袖を脱ぎ払う。
 利吉の視界が檜皮色になった。
 次の瞬間。
「………!!」
 利吉は思わず息をのんだ。
 そこにいたのは一人の少女だった。
 驚きのあまり、声が出ない。
 水から出た魚のように口をぱくぱくとさせる利吉を見てその少女は悲しげに微笑むと言った。
「…ごめんなさい…今まで隠していて」
 その声は明らかに少女のものだった。少女は利吉の目を見ると言った。
「…何からお話ししましょうか」

 ようやく落ち着いた利吉は少女と木の枝に腰掛けた。
 深呼吸をしてから、ゆっくりと尋ねる。
「念のために聞くけど…君は蘿なんだね?」
「はい」
 少女は俯き加減でそう答えた。
「どうして今までずっと男の子のふりをしていたの?」
「普段動きにくいから…女の子の格好だといざというときに動けないから…」
 二人の間に沈黙が流れる。利吉はそっと少女の顔を見る。“蘿”と同じ所は美しく流れる黒髪だけ。
少女は利吉の視線に気付くと、はっとして利吉の方に顔を向ける。目が合うと、少女は顔を赤らめて少し視線をはずした。
 利吉は余りの変わり様に戸惑った。
 ――七化け――
 利吉の脳裏にそんな言葉がよぎる。それを察したかのように少女は言った。
「利吉さんは…もうおわかりだと思います。…私の出身が」
 利吉はこくりと頷いた。少女は溜息をついた。
「…九年前のことです…私の兄は資格審査で落とされてしまいました」
「九年前…?」
「ええ。“蘿”が貴方に初めてお会いしたちょうど一年ほど前の事でした…兄はそれ以来変わってしまいました。温和だったのに急にきつくなって…そして兄は半年後…父を斬って家を出ました」
「!!」
 利吉はごくりと唾を飲んだ。少女は長いまつげを伏せる。
「その後、各地を転々とする暗殺者がいるとの情報が入り、私は頭首代理から“蘿”として何年かかっても良いから兄を斬れと命じられました…私が言うのもなんですが、兄は相当の腕利きでしたから…兄を止められるのは妹である私だけだと頭首代理は判断したのでしょう」
 少女はそう言うと悲しそうに微笑んだ。利吉は思わずぎこちない表情になってしまう。
「私は貴方の家の近くで修行に励むことにしました…その後貴方にお会いして…六年前の事、なんとお詫びして宜しいか…」
「六年前…何があったんだい?」
 利吉は思わず問うた。
「たまたま、だったんです。貴方と一緒に貴方のお父様に稽古を付けて頂いているときに今まで感じたことのない気配を感じたんですよ。それで…稽古が終わった後にその気配の後をつけました。そうしたら貴方の家に入って行かれたんで驚いて…」
「それってもしかして茶色い髪で白い鉢巻きをしている人?」
「…ええ、はい…確か『大木雅之助』とか名乗っていらっしゃいましたけど」
 少女はびっくりした様子だったが構わず続けた。
「その人は、思わぬ情報をもたらして下さいました。貴方の家の近辺でおかしな事が起こっていると。修行に明け暮れていて何も情報をつかんでいなかった私は急いで近辺の調査に乗り出しました…貴方に何も言わずに…」
 少女はすまなそうに言った。

●次へ            ●戻る