表裏一体〜其の七〜

「私は…自分のことで精一杯だったんです。とりあえず兄に勝たなければならないとそれしか考えていなくて…そのために周りの人を巻き込んでしまって…」
 次第に少女は声を小さくしていった。利吉は少女の横顔を見つめる。これがあの“蘿”と同一人物だなんて。そう思った。
「…じゃあ…君が…“蘿”が『人を殺せない』って言ったのは…」
「ええ。私は兄のようにはなりたくありませんでした。兄は何でもしたそうです。強盗、略奪、殺人…それから…村を一つ消してしまったこともあるそうです」
 少女は唇をかんで言った。
「…忍びとしては兄は正しいかも知れません。でも人間としては最低です…」
 少女は吐き捨てるように言うと、目元をかすかに拭った。利吉は何も言えなかった。

 どれくらい時が経っただろうか。
 少女はいきなり木の枝から飛び降りた。
 利吉も慌ててそれに倣う。
「…みっともないところをお見せして、申し訳ございませんでした。…もうお別れです」
 少女は振り返ると笑顔で言った。
「お別れ…って…」
「もう私は使命を終えたことですし…里に帰ろうと思います。父の供養もしなくてはなりませんし。もうお会いすることもないでしょう」
「そんな…」
 利吉は少女を引き留めようとした。例え八年間も『欺かれ』続けていたといえども共に修行した『仲間』を失いたくなかった。
「ご安心下さい」
 少女はそんな利吉の気持ちを察したかのように言った。
「私はもう貴方にお会いできませんが“蘿”としてならお会いすることもございましょう。だって“蘿”は貴方の『仲間』ですもの」
 少女は微笑んだ。利吉はほっとして尋ねる。
「最後に一つだけ聞かせてくれる?」
「はい?」
「君の本当の名前は?年は?」
「私の名前は蘿です。草かんむりに羅生門の『羅』。年は貴方と同い年です」
 少女は笑って言った。利吉は溜息をつく。
「見目形は蘿と全然違うのに…言うことだけは同じなんだから…これだけ私に打ち明けておいて肝心なところは企業秘密、かい?」
「ええ。仲のよい二人が『一人で二人』ならば私と“蘿”は『一人で二人』ですもの。蘿がそう言ったことを口外しないのならば、私も秘密は守り通します。もう一人の『自分』の意志を尊重するために」
 相変わらず少女は笑っていた。利吉はぷう、とふくれて見せたが、お互い顔を見合わせると思わず笑い出してしまった。利吉の頭の中で少女の声が蘇る。
 ――私と“蘿”は『一人で二人』ですもの…
(一人で二人、か)
 利吉は“蘿”の顔を思い出してクスリと笑ったのだった。

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