表裏一体〜序章〜
それは、利吉が10歳の頃だった。
利吉はいつものように、裏山で木を相手に手裏剣の稽古をしていた。
十本の手裏剣を構える。
一本、二本…
一本ずつ確実に命中させていく。
十本投げ終わり、利吉が一息ついたとき、それは起こった。
背後の茂みががさっと音を立て、そこから影が飛び出してくる。
手裏剣は全て手を離れており、利吉は丸腰の状態だった。
それに対して影は何か光るモノを持っている。
まずい!
利吉がそう思った瞬間、影がどう、と音を立てて崩れ落ちた。
――え?
利吉が目を上げるとそこには倒れた『影』を見下ろしている、自分と同じか少し下くらいの少年がいた。
「いまのうちだ」
少年はつぶやくようにそう言うと、利吉の手をつかんで走り出した。
裏山からでたあたりでようやく少年は立ち止まり、つかんでいた手を離した。
「あ、あの」
利吉は顔を伏せ気味にして言った。
「君は一体…」
少年は初めて利吉と目を合わせ、冷たい口調で言った。
その少年の目は鋭く、美しく流れる黒髪が印象的であった。
「そう言うことを聞くときはまず自分から名乗るのが礼儀じゃねーの?」
「あ、あっっ…ごめん。私は利吉。君は?」
利吉は顔を真っ赤にして聞いた。
「ひかげ」
少年はそう答えた。
「へえ、ひかげ君っていうのか。どんな字書くの?
あっ、私は便利の'利'に大吉の'吉'って書くんだ」
――『便利の'利'に大吉の'吉'』か。おめでたい奴だ。
少年はそう思った。
「俺は草かんむりに…」
そこまで言いかけて少年は口をつぐんだ。
そして足下の砂地に指で'蘿'と書いた。
「へえ、難しい字を書くんだね。よろしく、蘿君」
利吉は微笑みながら右手を差し出す。
蘿は少し戸惑い、それからそっと自分の右手を差し出した。
いつの間にか西の空が赤く染まっていたせいか、それとも照れているのか。
蘿の頬は赤く染まっていた。
幸い、二人とも方向が同じだったので二人は途中まで一緒に帰ることにした。
「あの、一つ聞いていい?」
利吉はおそるおそる蘿に尋ねた。
「何だ」
蘿は利吉の方を見ずに答えた。
「君は私より少し下みたいだけど…年はいくつ?あっ、私は…」
「同い年だ」
蘿は利吉の言葉が終わるのを待たずに答えた。
「俺とお前は同い年だ。だから何ら遠慮することもないし名前を君付けで呼ぶこともない。
これからは俺はお前を呼び捨てで呼ぶし、お前も俺を呼び捨てにする。
いいな?利吉」
有無を言わさぬ話し方であった。
利吉は黙って頷いた。
蘿はさらに続けた。
「俺はいつもこの近辺の林で修行してるから」
利吉の顔がぱっと輝く。
初めて修行仲間を得たことに対する喜びの笑みだった。