狷介孤独<序章>

「ちょーおじー!!」
 どたどたという足音と共に、友人の声が自分の方に向かって来るのを、長次は感じた。億劫そうに振り向き、友人の名を呼ぶ。
「小平太…何の用だ」
「長次。これ見ろよ」
 小平太は手にしていた紙を長次に見せた。長次は緩慢な動作でそれを覗き込む。
「遠足…?」
「そ、明日」
 長次はごそごそと懐を探り、同じ様な紙を取りだした。今度は小平太がそれを覗く。
「あれ?長次も持ってんじゃん」
 ちえ、と小さく舌打ちをして、小平太はその紙を長次の手からさっと取った。。
「…図書館で見つけた」
 長次はそれだけ言うと、小平太からその紙を取り上げる。丁寧に畳み、再び懐にしまった。
「長次も出るよな?伊作も仙蔵も文次郎もみんな出るって言ってたぜ?」
「……」
「行くよな?」
 長次は無言だった。ただ、ふう、と深い溜息をつく。
 そんな友人を見て小平太は苦笑した。これは、彼なりの肯定の返事なのだ。
「よっし、決まり!明日朝、遅れんじゃないぞ!」
 小平太はそう言うと、再びどたどたと廊下を走り去っていった。
 しばし、それを無表情に見送っていた長次だったが、ふと呟く。
「よく言うよ…いつも遅れるのは自分のくせに」
 その口元には、小さな笑みが浮かんでいたのだった。

「待て」
「カハッ!!」
 廊下を相変わらず足音をたてて走っていた小平太は、不意に誰かに襟首を掴まれた。着物が首筋に食い込む。
「――っぶねーな…何すんだよ仙蔵!」
「油断していたお前が悪い」
 仙蔵はさらりと言ってのけた。小平太はぐっと言葉に詰まる。
「で?長次は何と?」
「…行くってよ」
 言い返せなかったのが悔しいのか、小平太はふくれて言った。
「そうか」
 仙蔵はほっとした表情を浮かべる。
「長次も変わったよな」
 意外な一言だった。小平太は驚きの表情を浮かべて仙蔵を見る。
「何か私が変なことでも言ったか?」
「…いや、意外だな、と思って」
 小平太は頬をぽりぽりと掻きながら言った。上目遣いに仙蔵を見上げる。
「そうか?」
「うん。凄く意外。だってさ、一年の時…」
 そこで小平太の言葉は途切れた。仙蔵が小平太の口を手で塞いだのだ。
「…昔の話だ」
「へいへい」
 小平太は苦笑しつつ、仙蔵の手をはがす。顔を微かに赤らめる仙蔵を見て漸く、彼も自分と同じ15才なのだという事を小平太は実感したのだった。
 そして、彼にも、自分にも、初々しい『1年生』の時代があったことも…

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