狷介孤独<其の一>

 ――別に『一匹狼』とか、そういうつもりじゃない。
   ただ単に人と接するのが苦手で…面倒くさいだけ。
   カッコつけてる訳じゃないのに。

「そんじゃ、仙蔵が学級委員長やるのに賛成の人!!」
「はーい!!」
 クラスのほぼ全員の手が元気良く挙がる。
 一年の最初の学期、ただ『元気が良さそうだから』という理由で議長に指名された小平太が学級委員長の裁決を取っていた。
 小平太は満足そうな表情を浮かべて元気に挙がる手を数える。仙蔵を推したのは誰あろう、小平太だったのだ。
『だってこいつ、何でも出来そうじゃん』
 たったそれだけの応援演説が効いたのだろうか。
 自分の目が確かだったことに満足しつつクラスメートを見回していた小平太は、ふと一人の少年に目を留めた。
 一人だけ、手を挙げていない少年がいる。
 少年は一人、みんなから少し離れたところにいた。小平太は眉根を少し寄せたが、ふう、と溜息をついて声を張り上げた。
「そんじゃ、過半数って事で仙蔵に決定!」
 小平太は心持ち『過半数』にアクセントを置く。『全会一致』ではないのだ。
 しかし、大部分のクラスメートはそれに気付かなかった。皆、クラスのまとめ役の誕生に、割れんばかりの拍手を送っている。
 そんな拍手の嵐からそっと抜け出したものがいた。件の少年である。少年は、皆から少し離れ、窓の外を眺め始めたのだ。そんな少年に、一人、近づくものがいた。
「中在家君…だよね?」
「……」
 少年――中在家長次はめんどくさそうにそちらを振り向いた。振り向いた先にいたのは、つい先程誰も立候補者のいなかった保健委員に半ば押しつけられるようにして抜擢された少年だった。
「あ、ごめん。僕、善法寺伊作…保健委員の、ね」
 伊作は苦笑いを浮かべる。長次は怪訝そうな表情をした。
「…何か用か」
「…似てると思って」
「似てる?」
 長次はその時初めて伊作と視線を合わせた。伊作は少し間を置いて、そして言った。
「…僕も人付き合いとか苦手でさ。どうしてもああいう輪に入れないんだよね…」
 伊作はじっと拍手をし続けるクラスメート達の方を見る。その目には少し翳りがあった。
 長次はふう、と溜息をつくと、低い声で言う。
「…俺は似ているとは思わないが」
「え?」
 伊作は思わず聞き返すが、長次は答えなかった。すっと席を立ち、教室を出る。
 かたん、という戸を閉める音がした途端、教室は水を打ったように静まり返った。
「…なんなんだよ、あいつ…」
「協調性ないよな。場の雰囲気を考えろっての」
 誰ともなく、そんなささやきが聞こえる。
 伊作は寂しそうな表情を浮かべ、ただただ長次の出て行った戸をじっとみていたのだった…

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