狷介孤独<其の三>

 例え一年生といえども、中盤を過ぎると本格的な実習が入ってくる。
 その日は、初めての校外学習だった。
 担任教師が地図を配り、説明を始める。
「今回は初めての校外学習になるわけだが…全員地図を見なさい」
 一年生達は緊張した面もちでそれに従った。
「学園を出発して――」
 仙蔵は教師の言う道をじっと目で追った。
 ――やはりそんなに難しい行程ではない…か。
「――という行程だ。初めてなので特に難しいことをする必要はない。ひたすら目的地を目指しなさい。ただし――」
 そこまで言うと、教師はにやり、と口の端を上げる。
「途中にはほんの気持ち程度だが罠を仕掛けておいた。くれぐれも注意するように」
「えーっ!?」
 その言葉に一斉に反応した一年生だったが、戦いの火蓋は容赦なく切って落とされたのだった。

「せーんーぞーお」
「情けない声をあげるな、小平太」
 仙蔵はうんざりしたようにして言うと、手元の地図に目を落とした。
 ――今のところ順調、か…
 仙蔵は道を確認するように地図をなぞる。その間も歩みも止まっていなかった。
「せーんーぞーーーお」
「ああもうっ!五月蠅い!!」
 仙蔵はくるりと振り返った。すぐ目の前に疲れ切った小平太がいる。その後ろには同じく疲れた表情のクラスメイト達と…
「情けないな。中在家を見習え」
 仙蔵はそう言ってそちらの方へ軽く首を振った。小平太はそちらを見る。そこには、息一つ乱さず、いつもと同じ無表情で立っている長次がいた。
「そんなこと言ったってさ」
 小平太は少し敗れた膝元に手をやる。
 ここまでの行程で、体力の消耗には差があったのだ。上手く罠を察知し、回避することが出来た者と、ことごとく罠にはまりこんだ者。その差は歴然としていた。
「七松君」
 慣れない『名字に君付け』で呼ばれた小平太は、一瞬反応が遅れ、その後振り返る。
「ああ、伊作か…『小平太』で良いって」
「ごめん」
「謝る必要はないけどさ」
 小平太の背後にいたのは伊作だった。
「で、何か用?」
 小平太は伊作を見上げる。伊作は殆ど傷を負っておらず、それなりに無難に罠を回避してきた用だった。
「怪我してるでしょう?だから」
 伊作は少しはにかみがちに微笑むと、背中の荷物の中から救急用の用具をとりだす。
「悪いな、伊作」
 見ていた仙蔵は地図から目を離して、伊作にそう言った。伊作は小平太の怪我の治療をしながら首を振る。
「ううん。これが僕の仕事だから。ホラ、保健委員だし」
「そ…か」
 仙蔵は呟くようにして言うと、今度は長次の方を見た。長次は相変わらずの無表情さで、先程と同じようにしてそこに佇んでいる。
「中在家」
「………何だ」
 長次はじっと仙蔵を見た。仙蔵は口元に軽く笑みを浮かべる。
「ちょっといいか」
 仙蔵の言葉に、長次は訝しげに眉を寄せたのだった。

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