狷介孤独<其の四>
「――で?何の用だ」
長次は相変わらずぶっきらぼうに言った。仙蔵は透き通るようなその白い手を長次の肩にのせる。
「お前と私とで先を歩いて、罠を全部解除して行こうと思うんだが…どうだ」
「…?」
意外な申し出だった。長次は2,3回まばたきをする。
「このままがむしゃらに進んでも、奴らがまたことごとく罠にかかるだけだ。体力の消耗も大きい。見たところ、お前は実戦慣れしているようだし」
「…確かに、なくはないが…」
長次はぼそぼそと言った。仙蔵はじっと長次の目を見る。
「お前の力を借りたい」
長次はハッとして、顔をあげた。相変わらず仙蔵は真剣な顔つきでこちらを見ている。
――他人に必要とされるのはこれが初めてかも知れない。
長次は思った。それ故に、仙蔵の言葉は長次に大きなとまどいを与える。
「…お前ほどの奴なら…一人でも十分じゃないのか?」
長次はふと思ったことを口にした。
入学してから今まで、仙蔵は常にクラスのトップを独走してきた。そもそも素質はあるがあまりやる気のない長次には遠い存在に思えていたのだ。
その仙蔵が今、自分の力を必要だと言った。
仙蔵は長次の言葉の裏にある心情を汲んだのだろうか、長次の肩においていた手を下ろし、少し視線を逸らした。
「お前には、私はどう見えている?」
「どう、って…」
「率直に言ってくれ。批判だろうと、私は怒らないから」
長次は視線を宙に泳がせた。この場合は自分はどう答えるべきなのか、考えているようだった。
やがて決心したのか、長次は泳いでいた視線を仙蔵に戻す。
「…何でも出来る奴、に見える。周りの人に信頼されて、人をまとめて…ただ」
長次は少し言葉を切って仙蔵の様子を見た。仙蔵は微動だにせず聞いている。
「ただ、孤高、って言うか…一人で何でも解決してしまう、という印象がある」
「そう…か」
仙蔵は呟くようにして言った。そしてゆっくりと顔を長次の方に向ける。
「本当は、私は自分一人では何もできない人間だと、自分でそう思っている」
仙蔵は長次と視線を合わせた。
「人の上に立つ人間は、実は無能な人間なんだと私は思っている。人を動かすことが出来ても、自分自身で動くことは出来ない人間だ、と」
「そんなことはないと思うが」
長次は珍しく、自発的に発言する。仙蔵は驚いたような表情を見せた。
「人を動かすというのも、一つの能力なのではないのか?」
仙蔵は眉をぴくりと動かした。こちらをじっと見る長次に視線を返す。
「そういう捉え方も確かに出来ると思う。…でも、私はそうありたくはなかったんだ。何か一つでもいい、他の誰にも絶対に負けない何かを身につけたかった」
「それは『統率力』ではいけないのか?」
「ああ」
仙蔵は少し語調をきつくする。
「『統率力』は自分に従ってくれる集団があってこそ、のものだ。一人で生きて行かねばならないとき、何の足しになる?それよりも、私は一人でいたときも役立つ何かを身につけたかった」
「現に、総合では一位だろう?これ以上何を望む?」
長次は少しいらだっていた。自分より遥か上の存在だと思っていた仙蔵に、卑屈なことは言って欲しくなかったのだ。
「総合…か。しかしそれは『全てに置いて中途半端』ということではないか?」
「それは…」
長次は否定できなかった。現に、実技の点では一部、自分が上回っているものもあったのだ。
「お前は実技…特に体技に関しては一級だからな。お前は『他の人に負けない何か』を持っているわけだ。だからこそ、私はお前の力を借りたい」
「仙蔵…」
長次の中で、仙蔵のイメージが大きく変わろうとしていた。『何でも出来る』が故の劣等感にさいなまれていた仙蔵が、とても身近に思えてくる。
「長次」
承諾を促すように仙蔵がこちらを見る。
長次はごくり、と唾を飲み込むと、ゆっくりと首を縦に振ったのだった。