乾坤一擲<其の一>

 昔からそうだった。
 何かをする前には必ず勝算があるかどうかを考える。
 あると判断すれば全力でやってきたし、ないと判断すればあっさり諦めていた。
 人には『策士』などと言われたこともしょっちゅうある。
 だから。

「絶対に立花先輩には負けらんないからな」
 部屋に集まった面々が部屋から出て行くと、残っていた雷蔵に三郎はそう言った。雷蔵は苦笑する。
「――って言って…今まで勝てたことある?」
「ない」
 三郎は即答した。
「なんだかんだ言って邪魔されたりはぐらかされたり…それが腹立つんだよな」
 混合ダブルスサバイバルオリエンテーリングの時の借りがまだ残っている。あの時も、六年生には警戒していたのに少し気を緩めた瞬間をつかれた。
「ま、あれもどっちかって言うと『直接対決は避けた』って形になったからな」
「でも、明日はそうはいかないよ」
 雷蔵は緊張した面もちで言う。三郎はそれを見て、にやりと笑った。
「心配すんなって。何度もやられたりはしねえよ」
 そう言って、雷蔵の頭をぐりぐりと押さえる。
「痛いってば」
 雷蔵はそれを払った。そして、三郎の方を向く。
「…期待してるよ。明日」
「…お前も頑張れよ」
 2人はぱん、と手を叩くと明日の健闘を誓ったのだった。

「よ」
 次の日、まだ辺りが真っ暗なうちに五年生は試験の会場へと向かった。お互いに短く挨拶を交わし、励まし合う。
「昨日の作戦通りでいくぞ」
「うん」
 やはり六年生との対決であるだけに、皆緊張した面もちだった――たった一人を除いて。
「流石鉢屋。余裕だな」
「まあな。今日は待ちに待った六年との対決だし」
 同級生の一人が声をかける。三郎は罠を仕掛ける手を止めずに答えた。
「今日が凄く楽しみだったんだ、俺」
「変わった奴だな。みんなあんなに緊張してんのに」
 同級生はふう、と溜息をつく。三郎はにやりと笑うと言った。
「そう固くなるなって。こういうのは参加するのに意義が有るんだぜ?」
「参加する以上は勝ちたいだろ?」
 そう言う同級生に三郎は苦笑する。
「勝っても負けても楽しめりゃいいだろ?何てったってあの立花先輩のお手並みを『拝見』出来るんだ。それだけでも十分な収穫だろうが」
「…三郎。お前勝つ気あるのか?」
「っていうか…」
 三郎はそこで初めて手を止め、頭をぽりぽりと掻いた。
「俺はとにかく立花先輩に借りを返したいんだ」
「――それが出来れば勝ったも同然なんだけれどな」
 同級生は再び深い溜息をついたのだった。

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