乾坤一擲<其の二>
ドォ…ン…
遠くで太鼓の音が響く。三郎は顔を上げた。
「雷蔵」
三郎は雷蔵のほうを向く。雷蔵はこくりと頷いた。
「行くぞ」
「うん」
雷蔵は緊張した面持ちで返事をする。一方の三郎は口元に笑みすら浮かべていた。
「今日こそ決着をつけるからな」
自分に言い聞かせるようにそう呟くと、三郎は駆け出したのだった。
作戦。
三郎が雷蔵に変装して行く。手近な六年生を見つけたら声をかける。逆サイドに雷蔵が待機。
かかってきた相手を撹乱させ、入れ替わる。
「で」
雷蔵は走りながら三郎を見た。そこには鏡に映っているかのように自分そっくりの友人がいる。
三郎とは長い付き合いであるため、もはや雷蔵は慣れてしまっていた。
「早速行く?」
雷蔵は茂みの向こうをそっと指差す。三郎がそちらを見ると、その先には小平太がいた。
「おお」
三郎は、これはしたり、といった表情を見せる。
「ばっちりだな。もちろん行くぜ」
二人は頷くと、作戦を実行すべく茂みの両側へ向かったのだった。
「七松先輩」
「わっ!」
三郎は『雷蔵』として小平太の後ろから声をかけた。小平太は小さく声をあげて驚いたあと、さっと身構えた。
――ここのところは流石、だな。
三郎は心の中でそう呟く。表情は『雷蔵』のままだった。
と、小平太は急に目つきを鋭くしたかと思うと地を蹴る。三郎は自分の身体がぴくりと動くのを感じた。今にでも迎え撃ってやろうという本能を強引に押さえつけ、あくまで『雷蔵』として振る舞う。
――まだだ…ぎりぎりまで引きつけて…ぎりぎりまで欺かねば…
小平太がすぐそこまで迫り、後一歩で届くというところまで来ていた。
――今だ!
三郎は成功を確信した。口元が軽く上がる。最早『雷蔵』である必要はなかった。
その瞬間、自分から見て丁度小平太の向こう側の草むらががさりと揺れる。
「すみません、先輩」
草むらから現れたのは雷蔵だった。
――ナイスタイミング。
「雷蔵!…ってことは…」
小平太が表情を変える。
――隙あり!!
「ご名答」
三郎は迷わず膝を突き出した。膝はそのまま小平太の鳩尾を正確に突く。
「ぐ…」
小平太はうめきとも何ともつかない声を発し、その場に崩れた。
「三郎」
「大成功、だ」
三郎はそう言って雷蔵に笑いかけると、小平太の上半身を軽く持ち上げる。暫く小平太の顔を見てから、三郎は呟いたのだった。
「先輩…しばらくの間、お顔、拝借させて頂きます」