乾坤一擲<其の三>
「どうだ?」
三郎は雷蔵にそう言って、くるり、と一回転した。再び正面を向いた三郎は小平太の姿をしている。
「流石だよ」
雷蔵は人の良さそうな顔で微笑んだ。毎度毎度の事ながら、この友人には驚かされる。本当に同い年なのかと何度も疑ったほどだ。
「立花先輩、騙せるかな…」
「やってみせるさ」
三郎は拳を握りしめ、遠くの星に誓ったのだった。
――この辺りだ…
草むらを慎重に進みながら、三郎は息をのんだ。
――立花先輩はこの辺りにいる…
三郎はゆっくりと深呼吸してから、思い切って草むらから顔を出す。その瞬間から三郎は『小平太』であり続ける必要があった。『小平太』の表情できょろきょろと辺りを見回す。微塵の警戒心も感じさせてはならなかった。
「小平太」
不意に呼び止められて、三郎は内心ドキリとした。心臓の鼓動を押さえつつ、何事もなかったかのようにそちらを見る。
「どうだ、そっちの罠の具合は」
声をかけてきた人物は、立花仙蔵その人であった。三郎は『小平太』の声色で返す。
「おお、バッチリ!」
「そうか…」
仙蔵はつい、と向こうを向く。
――いけた!
三郎は心の中でガッツポーズをした。しかし、その瞬間、突如仙蔵は振り返ったかと思うと、鋭い蹴りを放つ。三郎はすんでの所でそれをかわした。
「何すんだ仙蔵!」
三郎は思わずそう叫ぶ。が、心臓がドクドクと音をたてているのが解った。
――もしかして…ヤバイ?
三郎は背筋に冷たい物を感じる。仙蔵はじっとこちらを見ていた。鋭い、射抜くような視線は三郎にこの上ない恐怖感を与える。
「お前…小平太ではないな」
――バレた!!!
三郎の耳元でさらに大きく心臓の音が響いた。
――ダメだ!平常心を取り戻さないと!ここでボロを出したら負けだ!!
三郎はそう自分に言い聞かせる。長年変姿の術を極めようとしてきた者の意地だった。
「何言ってんだよ!本人だってば」
「なら合い印を見せてみろ」
――合い印!?んなモノなかったぞ!?
三郎は仙蔵を見る。仙蔵は表情一つ変えなかった。
――落ち着け!落ち着くんだ!!
三郎は自分に言い聞かせて、努めて『小平太』として振る舞う。何食わぬ表情でごそごそと懐を探り始めた。
暫く探って後、三郎はごくりと息をのむと、意を決して言う。
「…ごめん、無くした」
その言葉を聞いた瞬間、仙蔵の目が鋭くなった。
――しまった!!
三郎は本能的にそれを察知する。仙蔵が口を開くのが、三郎の目にスローモーションのようにゆっくりと映った。
「文次郎!!」
凛とした仙蔵の声に、三郎ははっとした。状況を飲み込むよりも早く、本能的に三郎は体を屈める。最後に残った左腕を、文次郎の蹴りが掠めていった。
――負けた…
三郎がそう思った瞬間、首筋にひやりとした感触が走る。余りにも冷たく、ぞっとするような感触だった。三郎はゆっくりとそちらに顔を向ける。
「残念だったな」
仙蔵の冷たい死刑宣告に、三郎はがっくりとうなだれたのだった。