機略縦横<前編>

 とある朝。
 いつものように六年生は校庭に召集された。本日の課題の発表である。
「それでは本日の課題を発表する」
 六年の担任教師が声を張り上げる。召集された生徒達は緊張の面もちで教師を見た。
「本日の課題は一年生と合同であり、六年生単独の試験である」
「はい?」
 訳の分からない教師の言葉に六年生達は一斉に眉をひそめた。
「先生、それはどういうことですか?」
「まあ、聞け」
 教師は焦るなと生徒を諭し、咳払いをして言った。
「昨日の夜、既に一年生を各クラス二組ずつ、合計六組に分けて六つの城に派遣してある。その城とは、ドクタケ、サンコタケ、スッポンタケ、ドクササコ、ドクアジロガサ、ヤケアトツムタケだ」
「先生!!それって…」
「焦るなと言っておろうが」
「でも…」
 生徒達は口をつぐんだ。教師があげた六つの城はいずれも忍術学園とは敵対関係にある城である。そんなところに入って間もない一年生を派遣したりなどしたら、飛んで火にいる夏の虫とばかりに捕らえられるに決まっている。
「いいか。恐らく一年生達は既にあちらの手に落ちているだろう。お前達の課題は誰とでも良いからとにかく六つの組に分かれ、その一年生達を救出することだ」
「でも先生、もう既に一年生達が…」
「その点なら心配するな。先生方が一人ずつ見張って下さっていて、もしもの事があれば先生方が一年生を助けて下さることになっている。ただし、その時はその城担当となった者は不合格となる。ちなみに、一年生には試験のだしにされていることは全く伝えていないので、他言しないように」
 教師の言葉が終わると、六年生達はさっと六組に分かれた。各組の代表が緊張した面もちでくじを引く。
「それにしても先生達もむごいよな。いくら、何でも利用するのが忍者だっていっても一年生を危険な目に遭わせるなんて…」
 勿論、例の五人は同じ組になっていた。仙蔵がくじを引きに行っている間、小平太はこぼした。
「シッ…小平太、声が大きいよ」
「まあ、そう怒るなって。先生も一人ずつついてるんだろ?」
 そんな小平太を伊作と文次郎がたしなめる。小平太はむう、とふくれたまま長次の方を見た。
「長次はどうなんだよ」
 相変わらず黙りを決め込んでいる長次に小平太は言った。長次はちらりと小平太を見ると、小さな声で「別に」とだけ言った。
 そこに仙蔵が戻ってきた。
「オイ、良い知らせだ」
「なに、仙蔵?」
 仙蔵の周りに三人が集まる。長次は相変わらず同じところに立ったまま視線だけを仙蔵の方に向けていた。
「私たちはドクタケに行くことになった」
 仙蔵は手にしていた紙を広げつつ言う。そこには墨で『ドクタケ』と書いてあった。
「良かった…ドクタケならだいたい手の内は知ってるし」
「そんなに強くないし」
「仙蔵のくじ運の良さに感謝しなきゃな」
 三人は口々に喜ぶ。長次も少しばかり安堵の表情を浮かべた。
「それじゃあ、行くか」
 仙蔵の声を合図に、五人は学園を発った。

「ところで」
 意気揚々と出発した五人だったが、突然伊作が言った。
「ドクタケのどの城に行くの?」
「あ…」
 伊作の言葉に思わず皆立ち止まった。ドクタケはあちこちに出城を持っていたのだ。
「安心しろ。だいたい解る」
 仙蔵はふい、と歩き出した。慌てて四人は後を追う。
「解るって言っても」
「先生方の言葉を思い出せ。昨日の夜に一年生を送り込んだと仰っていただろう。昨日の夜に出発して一年生の足で既に到着し、恐らくあの鈍いドクタケ達に既に捕らわれてあるであろうということは…」
「成る程ね」
 五人の歩いてきた森が急に途切れ、目の前に砦が現れる。
「ご本尊はあの中、って訳か」
 文次郎がへへん、と笑う。伊作は仙蔵を見た。
 仙蔵はこの中でもっとも頼れる人物だった。何せ頭の回転が速く、人をまとめるのも上手かった。
「で?どうする?こっそり潜入するか、堂々と突撃するか、さりげなく潜り込むか」
 指を三本立てながら伊作は仙蔵に問うた。
「話聞いてなかったのか?伊作。教師が手を出したら終わりなんだ。出来るだけ時間がかからない方法を採るしかない。真っ昼間には侵入するのは危険だが今はそんなことは言っていられないんだ。だとしたらさりげなく紛れ込むしかないだろうが」
 打てば響く、といった感じで仙蔵はすっぱりと答えてみせた。余りの見事さに他の四人はおお、と溜息をついた。仙蔵は当たり前だとでも言わんばかりにふん、と笑う。
「…じゃあ、手始めに行ってみっか?」
 小平太は虎口を指差した。門番を含め、五人。
 仙蔵達はにやりと笑った。

「おや?」
 門の前で見張りをしていたドクタケ忍者は目の前から近づいてくる僧を怪訝そうな目で見つめた。僧はどんどんとこちらに向かって歩いてくる。
「おい、坊主。施しはできんぞ」
 ドクタケ忍者は手にしていた棒を僧の目の前に突きつけて言った。瞬間、僧の口元がにやりと歪む。
「僕が欲しいのはその装束なんでね」
「!!」
 言うと、僧はいきなり棒を自分の元に引き寄せた。棒はドクタケの手から放れ、驚くドクタケの鳩尾に吸い込まれた。
「なっ…」
 突然の出来事に慌てふためく他のドクタケ忍者をわきに控えていた四人が次々に伸していく。あっという間にその場にいたドクタケ忍者が皆崩れた。
「楽勝だな」
 小平太が倒れてる内の一人から忍び装束をひっぺがしながら言う。素早く着替えた五人はさっとその場から散った。

「お」
「仙蔵…あれ」
 伊作と仙蔵は地下牢にたどり着いた。ドクタケの格好をしているのでそううろついても怪しまれはしない。
「本当にザルだな」
「…声が大きいよ」
 二人は物陰から地下牢を観察した。見張りは十人足らず。長い石の廊下の両脇に牢がある。
「本当にここにいるのかな…」
 伊作は呟いた。仙蔵が振り返る。
「そんなの、やつらに聞けばいいだろ」
「え?」
 伊作が言うより前に仙蔵は飛び出していた。手始めに、無言で一番手前の見張りの鳩尾に一発叩き込む。その見張りは声もなく崩れた。
「仙蔵…!!」
 伊作も思わず飛び出した。残りの見張りは目の前で起こったことが信じられないのか一瞬戸惑った。その隙を見逃す仙蔵ではない。二人目が崩れた。
「子供を捜しているんだが」
 仙蔵は落ち着いた声で言った。見張り達は漸く事態を飲み込み、仙蔵に襲いかかった。
(左から二人、右から三人…)
 左右から振り下ろされる刀や棒を、一歩下がって避ける。体制が整わないうちに素早く後ろに回って手際よく伸す。
「もらった!!」
 その仙蔵の背後でまた別の見張りが振りかぶる。しかし、手にしていた刀が振り下ろされる前に後ろに大きくのけぞった。その額には鉛玉が埋まっていた。
「伊作…」
「…無茶しないでよ」
「解ってる」
 それだけ言うと、仙蔵は再び目前の敵に向かって行った。右から左から飛びかかってくる者達を手際よくさばいていく。伊作は後方を援護した。
 幾ばくもしないうちに残りは一人になった。見張りにしては珍しく、臆病者らしい。棒を抱えたまま壁際で震えていた。
「――一年坊主達をどこへやった」
 仙蔵はその見張りの喉元に刀の切っ先を突きつけた。見張りは相変わらず震えたままでかろうじて声を出す。
「し…知らねえ」
「ほう」
 仙蔵は顔色も変えずに刀の切っ先をつい、とずらした。
 無駄のない動き。
 見張りは目を閉じた。
「…え?」
 斬られると思っていた見張りは思わず声を出した。そしておそるおそる目を開ける。
 瞬間。
 自分の持っていた棒が自分の首の高さですっぱりと折れ、そして床に落ちた。
「…斬った?」
 見張りは震える手で棒を指差しながら言った。
「ああ。吐く気になったか」
 見張りは伊作の方を見た。伊作は真剣な目でこくこくと頷く。
「ご案内させて頂きます」

 見張りを刀で脅しつけつつ案内させる友の後ろ姿を見て、伊作は思ったという。
 仙蔵だけは敵に回すべきではない――と。

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