機略縦横<中編>

 その頃。
「放せよっ!!」
 小平太と文次郎はあっさりと発見され、敵方の手に落ちていた。
 それも仙蔵の策の一つだった。
『小平太と文次郎はわざと捕まって時間を稼いで欲しい。長次はいざという時のために援護に回ってくれ。私と伊作とで一年生を発見したら助けに行く』
 仙蔵は確かにそう言った。
 しかし。
(仙蔵の奴…俺達を捨て石にしていくつもりじゃねーだろーな…)
 小平太は一抹の不安を抱えていた。

「ん?どうした?」
 いかにも普通の部屋ですっていう感じの部屋の前で見張りは止まった。後ろにはドクタケ忍者が二人。仙蔵と伊作だ。その部屋の前にいたドクタケ忍者は思わず声をかけた。
「…いや…その…」
 見張りは後ろをちらりと見た。仙蔵の手にはきらりと光るモノが握られている。見張りはドクタケ忍者の方を見て泣きそうな顔になった。
「…まさか…」
 ドクタケ忍者の顔色が変わる。瞬間、その見張りの動きは止まった。
 どう、と音を立ててその場に崩れる。
 ひっ、と小さく叫んだドクタケ忍者の目前に白刃が迫る。
 次の瞬間にはドクタケ忍者も崩れていた。
「流石仙蔵」
 伊作は小さく言った。仙蔵はふん、と小さく笑った。
「このくらい手慣らしにもならん」
 仙蔵は刀を納めるとその部屋へと踏み込んで行った。

「誰だっ!」
 案の定、部屋の中には五人の一年生――お馴染みの三人と金吾、喜三太がいた。
「安心しろ、私達だ」
 仙蔵はそっとサングラスをはずしてみせる。伊作もそれに倣った。
「あ、仙蔵先輩に伊作先輩」
 五人は安堵の表情を見せた。
「大丈夫?怪我とかしてない?」
 伊作は五人の顔をのぞき込んだ。仙蔵は部屋の外をうかがう。
「余計な心配をしている場合でもなさそうだ。さっさとここを出るぞ」
「文次郎と小平太はどうする?僕が行って来ようか?」
 慌てて問う伊作だったが、仙蔵はさらりと言った。
「今回の試験内容は『一年生を連れ戻すこと』だろ?『共に行動した全員で』なんて項目はついていなかったように思うが」
 伊作は絶句した。同時に、右手が勝手に動いていた。
 すんでの所で仙蔵は、左手でそれを受け止める。
 乱太郎達はその光景に息をのんだ。
「今はこんな事してる場合じゃないだろう」
「仙蔵!!」
 伊作は仙蔵の手を振り払った。身体の奥から何かがふつふつとわき上がってきていた。
「確かに今はそれが一番かも知れないよ?けど…」
「『あの三人を見放すなんて出来ない』ってか?気持ちは解らんでもないが冷静に考えろ。とにかくこの五人を安全なところに移動させるのが今は先だろうがっ!」
 一喝されて、伊作は押し黙る。
 それを見て、仙蔵は乱太郎達の背を押して部屋を出た。
 乱太郎達五人は伊作の方をちらりと見る。
 伊作はやるせない表情をしていたが乱太郎達の視線に気付くとゆっくりと微笑んだ。
 その表情がかえって切なくて、乱太郎達は思わず視線を逸らした。

 虎口のところまでたどり着くと、仙蔵はいつ用意したのか、火縄銃を取りだした。
「伊作、頼めるか?ようじ隠れの応用だ」
 伊作は黙って頷き、火縄銃を受け取る。その時、伊作は火縄銃に縄が引っかかっているのに気付いた。
「これは…」
 引っ張ってみるとそれは蜘蛛梯子だった。伊作は思わず仙蔵の方を見る。
「撃ったらすぐに行ってやれ」
 それだけ言うと、仙蔵は乱太郎達に向き合った。
「いいか?伊作が火縄銃を撃ったら虎口に向かって走れ。少ししたら私が後を追うからな」
「先輩、それって…」
「いいから言う通りにしてくれ」
 仙蔵は乱太郎達を制するとちらりと伊作を見た。火縄銃を構えた状態で伊作はこくりと頷いた。
「走れ」
 仙蔵が乱太郎の背を叩き、五人は走り出した。
 瞬間。
 轟音がして、虎口から少し離れたところにあった木の枝が落ちた。
 見張り達は思わずそちらを見る。
 その隙をついて乱太郎達は一気に虎口から走り出た。
「あっ!子供が逃げたぞ!!」
 走り出そうとする見張り達の後ろから仙蔵は顔を出した。
「どうやらあの子供達を逃がした者がまだいるようだ。子供達は私が追うからお前達は城内を」
 仙蔵はそう言って虎口の外へと走っていった。

(まだか…?)
 その頃、長次は一日千秋の思いで伊作達を待っていた。
 眼下では文次郎と小平太が尋問を受けている。
 二人ともそれなりに手傷を負っており、状況は悪化しつつあった。
 長次は懐の短刀を握った。
「手出しは無用です。土井先生。奴らはきっと来ます」
 長次は後ろを見ずに言った。
 背後から声をかけようとした半助は口をつぐむ。半助は『いざというとき』のために乱太郎達と同時にこの出城に紛れ込んでいたのだ。
「きっと来ます」
 長次は自分に言い聞かせるようにして繰り返した。

 伊作は走っていた。
 手には蜘蛛梯子が握られている。
 伊作の胸の中には罪悪感がわき上がってきていた。
 ――仙蔵はここまで考えていたんだ…なのに…僕は…
 伊作はぎゅっと手の中の蜘蛛梯子を握った。
 これが終わったら仙蔵に謝ろう。そう思いながら。

 出城から遠ざかると、乱太郎達は足を止めた。
 後ろからは仙蔵が追いかけてきていた。
「もう良いぞ」
 仙蔵はそう言うと速度を落とした。乱太郎達は安心からか、その場にへたり込んだ。
「先輩…疲れましたあ」
 乱太郎は小さく言った。しかし、仙蔵は何も言わない。乱太郎はふと仙蔵を見た。
 仙蔵はじっと砦の方を見ていた。
 朱をひいたような唇がわずかに動く。何か呟いているようだったが、乱太郎には解らなかった。
「あの…お腹すいちゃったんですけど」
 しんべヱが半泣き状態で言う。乱太郎は唇に指を当てた。
「シッ…しんべヱ、静かにして」
 しんべヱは何か言おうとしたが、乱太郎の真剣な眼差しに気付いたらしく、口をつぐんだ。
 乱太郎は再び仙蔵を見る。
 相変わらずその眼差しは出城に向いたままだった。

 長次は腹をくくっていた。
 もうこれ以上待っていられない。そう思った。
 下へ降りようとした瞬間、背後からもう一つの気配が迫ってきた。
「長次!」
「伊作…遅かったじゃないか」
 長次は振り向き、ほっとした表情で言った。伊作は小さく微笑む。
「待たせてごめん…手伝ってくれる?」
 伊作は手にした蜘蛛梯子を掲げて見せた。
 長次は口の端を少しゆがめると、小さく笑った。

「畜生…」
 文次郎は毒づいた。そろそろ体力も限界に近づいている。
(やばい…)
 かすれてくる視界の中で小平太もぐらりと身体をゆらした。
 その時。
 いきなり目の前が真っ白になったかと思うと聞き慣れた声が降ってきた。
「文次郎、小平太」
「…遅えよ…」
 薄れゆく意識の中、文次郎と小平太は宙を舞った。
「伊作、どうする?」
 長次は蜘蛛梯子をしまいつつ言った。
「このまま放っておけないけど…でも先に脱出しなきゃ」
「解った」
 二人は小平太と文次郎を背負った。背中にずっしりと重みがくる。
「…ごめんね…」
 誰に言うでもなく、伊作はそう呟いた。

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