氷の里
 子供が一人、山深い里に生まれた。
「おい、頭領のとこに子供が生まれたぞ」
「へえ…男か?」
「ああ。これで十一代目は決定かな?」
「どうだろうなあ…。こういう世の中だから、まだわからないんだがな。」
 時は室町末期。下克上の世であった。

村の頭領の家では、子供が生まれた喜びに沸きかえっている。
「明!がんばったな。」
生まれた子の父親が、母親に向かってそっと告げる。
そして周囲は、どのような名をつけるかということで盛上がっていた。
「頭領さまはどのようにお考えで?」
一人が聞くと、頭領と呼ばれた老人は頷き、
「ああ、もう考えてある。でんぞうというのが良いだろう。」
「でんぞう?どのような字を書くのですか?」
老人が答えてすぐ、子の父がまた尋ねた。
「伝える蔵、と書く。ものごとを伝え、隠し、自らも隠れる者という意味だ。
これこそ忍びに最もふさわしい名ではないか?。」
老人が得意げに言うと、周りの者は大きく頷いた。
「では父上、この子が私の次の代の頭領ですね。」
「まあ何事も起こらなければそういうことになるな。しかし元気そうな子だ、
この里をさらに豊かにするだろうよ。さあ、宴会でもするとしよう!」
それをきっかけに、集まっていた人々は慌しく動き始め、やがて朝まで
宴席が設けられていた。

このとき生まれた子供こそが、すべてのはじまり。

●戻る