綿裏包針<其の一>
「え〜…というわけで、今回の課題は、『学園長のお使い』とする」
その日、六年生達は朝からむくれていた。
教師からのかなり釈然としない言い渡し。またの名を学園長の思いつき。
そろいも揃って、ジト目の視線を浴びながら、教師達も溜息をついた。
「……」
「言っとくがお前達。コレは私たちが何も好きこのんで決めた課題ではないんだぞ」
「……」
「私たちも精一杯抵抗したにはしたんだが言うことを聞かないと…」
「聞かないと…何です?」
仙蔵は思わず言葉を詰まらせた教師を、かなり威圧感のある角度から睨みつつ言った。
その気になれば教師にでも大怪我をさせられる連中である。教師達の背中に、冷や汗が流れた。
「ま、どうせ受け入れないと将棋の相手をさせるとか、給料一ヶ月分抜きだとか、肩たたきを満足できるまでしろとか言われたんでしょう?先生」
「な、何を」
教師はどもった。図星だったのだ。焦る教師。しかし、彼の頭に突如電球がともった(訳:妙案が浮かんだ)。
「そ、そんなこと言っている暇はないぞ。期限は3日。その間にゴールできないと点数は入らなんだからな」
必殺開き直り&先生は偉いんだぞ攻撃。仙蔵が一瞬ひるんだのを見て、ほっとしつつも教師は続けた。
「今回の課題は個人で行うこととする。今から行き先を書いた地図及び届け物を各人に渡すので、受け取るように。なお、今回は変装に関しても点数に入れる。各自、忍び装束と普段着以外で行くこと」
しん、と校庭は静まり返った。教師は満足そうに生徒達を見回すと、地図と届け物を配り始めた。
「個人戦、か」
伊作は小さく呟いた。普段5人一組で動いているだけに、個人行動はやや苦手なのだ。
「善法寺」
教師から手渡された地図をそっと覗くと、それは片道だけでも一日かかるような場所の地図だった。
「ウキヨタケ領…か」
伊作は一緒に渡された手紙をそっと懐にしまったのだった。
少女は息を切らしながら家を目指して走った。
日が沈むまでに帰ると言ったのに、予想外にも話に花が咲き、つい遅くなってしまったのだ。
「急がないと、父様も母様も心配してるわ」
少女は素直だった。頭の中にあるのは自分を心配しているであろう両親の姿だけで、どう弁解しようとか、そういったことは全く考えていなかったのだった。
がらり、と戸を開けた瞬間、少女の思考は止まった。
家には明かりがついておらず、見回してみても誰もいない。
家中を探した。あちこちの戸を開けては父母の名を呼び、相変わらずしんとしている闇に向かって何度も名を呼び続けた。
押入の中から鍋の中まで覗いたが、やはりいない。
少女の目に涙があふれた。
「父様…母様…どこへ行ったの…?」
おえつを漏らす少女の背後で、影が踊った。