綿裏包針<其の二>
――何かが、おかしい――
利吉は、その町に入った瞬間、そう思った。
違和感の正体を確かめるべく、辺りを見回す。
歓声を上げて走り回る子ども達。呆れつつも静かに微笑んでそれを見ながら家事をする親たち。
ごくごく普通の光景である。利吉は首を傾げた。
――思い違い…か?
さらに違和感の正体を探そうとする利吉だったが、ふと、足を止めた。
「――!」
利吉が振り返ると同時に、少女の甲高い声が響く。
「泥棒!!!」
その声に裏打ちされるように、小脇に包みを抱えた男が猛然とこちらに走って来た。
――この場合、どうすべきか?
利吉は考えた。
少女は悲壮な表情を見せていた。どうやらあの包みは大切なものらしい。
相手を見る限り隙だらけだ。動きを止めることなど容易い。
しかし、ここでそんなに目立つ行動をして良いのだろうか?
かえってそれではやりにくくなるのではなかろうか?
それでも。
――このまま見過ごすわけには行かない…か。
僅か数秒でそのような思考を巡らせた後、利吉は男をきっ、と睨み据えた。
「どうも、ありがとうございました」
少女は深々と頭を下げた。腕には先程の包みがぎゅっと握りしめられている。
「いえ、そんな」
利吉は先程投げ飛ばした男を縛りつつ、笑顔で答えた。
「あの…このようなことをお聞きするのもなんですが」
少女はおずおずと、利吉の顔を覗き込むようにして言う。
「初めて見るお顔ですが…旅のお方ですか?」
「ああ、私は」
利吉は少しも焦らず答えた。このようなことには慣れているのだ。
「旅という程ではありませんが…一度、自分の住んでいた村を離れて色々な場所を見てみたいと思いましてね。あちこちの村を回っているんですよ」
「それなら」
少女は利吉を一度見て…そして、ふと視線を逸らした。
「私の家に泊まっていって下さいませ。何もおもてなしできませんが、せめてものお礼に…あっ、もう宿をとられているのなら、あの…」
少女は逸らしていた視線を利吉に戻した。利吉はにっこりと笑うと、言った。
「お言葉に甘えても…宜しいですか?」
家に戻る道すがら、少女はひたすら祈っていた。
――どうかこの人が無事でありますように。
――どうか誰も傷つかずにすみますように。
少女はふと視線を上げた。先程の俊敏な動き。やはり、彼は…
少女は目を閉じた。
――信じるしかない。今は信じるしかない。
自分に言い聞かせながら、少女はひたすら歩みを進めたのだった。