綿裏包針<其の十>
唖然とする皆の目の前で轟音とともに家が崩れる。
誰一人として言葉を発するものはいなかった。
半助はふと我に返ると隣の伝蔵に視線を移す。
伝蔵の口元が小さく動いた。次の瞬間、それは音になって発せられる。
「利吉―――ッ!!」
伝蔵の悲壮な叫びが、辺りにこだました。
思わず伊作は目を伏せる。
と。
「はい、お呼びですか?父上」
伝蔵の後ろに急に一人分の気配が現れた。
「!?」
伝蔵は振り返る。そこには見慣れた息子の顔。
「???」
状況が飲み込めず、混乱した様子の父親を見て、利吉はクスリと笑った。
「どうしたんですか?父上。化けて出たとでもお思いですか?」
利吉はそっと父親に近寄った。
「驚かせて申し訳ありません。でも、ほら。足があるでしょう?」
利吉はそう言って自分の足下を指差す。伝蔵もそれに従った。しっかりと地に着いた足を見て、伝蔵は漸く息をつく。
「――驚かせよって」
伝蔵はそう言うのがやっとだった。
「さて」
利吉は今度はなつの方を向いた。
「念のために聞いておくけど、中にいたのはニセモノだよね?」
「はい」
なつは頷く。利吉はほっとしたように『よかった』と言った。
「多分生きてないと思うんだ。中の人。詳しく聞きたかったけど、きみの方が落ち着いて説明してくれると思うし、それに――」
利吉はちらりと後ろを見て、そしてまた視線を戻した。
「あの人達は下っ端だったんだろう?」
なつは再び頷いた。おそるおそる、といった感じで口を開く。
「本当の父と母、それに町の人たちは…多分城の地下に――」
「やっぱりね」
利吉は呟くと半助達の方を向く。
「土井先生、父上。理由は後で話すので手伝っていただけますか?」
「生徒がお世話になったしな」
「お手伝いするよ」
2人は快諾した。利吉はほっとしたように息をつく。
「じゃ、伊作君。その子、今度こそ頼むね」
それだけ言い残して利吉達はその場を去った。状況が全く飲み込めていない伊作を残して。
「今の方が殿様になるまでは、この町も本当に静かだったんです」
状況が把握できていない伊作に、なつは真実を語り始めた。
「でも、今の方が殿様になって――この町は変わりました。以前の殿様は温厚だったけれど、今度の殿様は戦好きで、お金好きで――目的のためなら手段を選ばない人なんです」
なつは手をぐっと握りしめた。
「今回だってそうです。殿様は、タマゴテングタケと手を結ぼうとしたんです」
「タマゴテングタケ?」
伊作は驚いた様子だった。なつは頷く。
「しかし、タマゴテングタケはただでは手を結んではくれませんでした。領地も、軍事力もあちらの方が圧倒的に上――例えその条件がどんなモノであっても殿様は了解しないわけにはいきませんでした」
「まさか――その条件って…」
「ええ」
なつは目を鋭くした。
「その条件とは――利吉さんを『消す』ことだったんです」