綿裏包針<其の四>
「たのもーっ!!た〜の〜も〜う!!」
夕方頃、そう叫んで学園の門を叩く者がいた。
「は〜い」
すぐに、少々抜けた声と共に『事務』の名札を付けた若者が顔を出す。
「何か御用でしょうかあ」
「火急の用件じゃ。すぐに学園長にお会いしたい」
学園を訪れた者――老人は、肩で息をしながらそう言った。若者はにっこりと笑って老人の肩に手を置く。
「ご苦労様です。あ、その前に名乗らないといけませんよね。僕、事務の小松田秀作っていいます」
「ああ、解った、解ったから早く――」
老人は訴えかけるように言った。若者――小松田秀作は急に真面目な表情になると、ゆっくりと頷いた。
――漸くこれで…
老人がそう思ってほっとしたとき、急に秀作が声をあげる。
「ああああ!!しまった!!」
「どうしたんじゃ!」
あまりの慌てように老人も狼狽した。
「間違えて出門表を持ってきてしまいましたあ!…すみません、規則ですので、僕が入門表を持ってくるまでここで待っていて下さいね」
コケる老人を後目に、秀作はぱたぱたと走っていったのだった。
「――ったくもう、どういう人選をしとるんじゃ全く!」
それからしばらくの後、老人は庵で学園長と向かい合っていた。さっきコケたときに出来たたんこぶをさする。
「いやいや、すまんのう。あの子はあれで真剣に仕事をしとるんじゃよ」
「真剣…か」
平次は笑った。
老人も笑った。
その笑いは暫く続いた。
「ってな具合に呑気に茶飲み話をしている場合ではない!!!」
老人は急に立ち上がった。心臓には余り良くないタイミングだった。平次は心拍数の上昇した心臓付近を押さえつつ言う。
「おまえさんが妙な切り出し方をするからじゃい!」
「そんなことはどうでも良い!とりあえずわしの話を聞かんかい!」
かくかくしかじか。
「のわあにいいいいいい!!?」
老人の話に、平次は飛び上がらんばかりの――いや、飛び上がって驚いた。
「それは本当か!?」
「わしが戯れ言を言うためにわざわざ此処まで走ってくると思うか」
老人は鋭い目つきで答える。平次は暫く硬直した後、力無くその場に座った。
「しかし、もう遅い。奴らは今日の朝、出発したんじゃ」
「何!?」
老人はさらに目つきを鋭くした。そして懐から一通の書状を取り出す。
「しかし、来た手紙によると実施日は明日になっておるぞ。お前の筆跡ではないようじゃが、一体誰が――」
「事務員、じゃ」
平次は俯いたままで答えた。
時間が止まる。どうしようもない空気が流れた。
「とにかく!」
老人はその空気を打破すべく、話題を咄嗟に切り替えた。
「その生徒を助けねば。それが先じゃ」
「そうであったな」
平次は立ち上がると叫んだ。
「伝蔵!!半助!!」
この後、一年は組の授業がさらに遅れ、平次が人事について真剣に考えたのは言うまでもない。