綿裏包針<其の七>
ふわり、と身体が浮く。
自分の髪が頬を撫でるのを感じるも、次の瞬間にはすとん、と地面に下ろされていた。
「大丈夫かい?」
遮られていた視界が不意に明るくなり、その視界の中には利吉の顔があった。
「は…はい」
なつは状況が飲み込めないままに首を縦に振った。利吉はほっとしたように溜息をつくと、顔をあげた。なつもそれに倣って視線を上げる。
今まで自分たちがいたところには手裏剣が刺さっていた。
「あれは…」
なつは呟くと、手裏剣と利吉を交互に見た。利吉は目をさらに鋭くして薪の山の向こうを見据えていた。
――もしかして…私の所為?
なつは困惑していた。
――そうだとしたら…いえ、絶対にそうだけど…私は自業自得でも利吉さんは…
「!!」
なつの思考はそこで遮られた。再び利吉がなつを抱えて跳んだのだ。
「誰だッ!!」
利吉は左手でなつを抱えたまま右手で手裏剣を取りだし、薪の山向かって投げた。
たん。
軽く、手裏剣が刺さる音がする。
「――逃げたか」
利吉はその方向を睨みながら、唇をかんだのだった。
「何の騒ぎだい?」
母親が家の中から顔を出したのはその直後だった。利吉は一瞬肩をぴくりと動かし、なつをそっと下ろすと、ゆっくりと振り返る。
「いえ、何でもありませんよ」
先程とはうってかわった表情で、利吉はふっと微笑んだ。その笑みに一瞬戸惑うものの、母親もきわめて落ち着いて、そうかい、と小さく呟き、家の中に戻る。その様子を見届けてから利吉はなつの方に振り返った。
「怪我、してない?」
「…はい」
なつは震える声で言った。なつのただならぬ様子に利吉は眉をひそめる。
「ごめん…怖かった…よね」
「違うんです」
なつは顔をあげて利吉をじっと見た。一転して、しっかりとした声で言う。
「謝らなければならないのは私の方です。原因を作ったのは私なんですから」
「――え…」
利吉は目を丸くした。
「じゃあ、今のはきみを狙ったモノだったのかい?」
「いえ…両方を狙った、という方が正しいかも知れません。とにかく」
なつは言葉を切ると一端下を向く。
――これで…これで、良いのよね。
なつは自分に言い聞かせた。
――このまま何もしなければきっと後悔することになる…だから。
小さく深呼吸をして…そして顔をあげる。
「利吉さん。後で…」
――もしも私が生きていたら…
「きちんとお詫びします。事の次第も全て…」
――貴方も無事ながらえたなら…
「納得がいくまでご説明します。だから…」
――あの人達が私を付け狙っている間に…
「逃げて下さい」
もはや、なつの心の中には迷いなどなかった。
――何が何でもこの人には生き延びて貰わなくては。
ただそれだけを考えていた。
――それが私の出来る唯一の『復讐』だから。
なつは困惑する利吉の目をじっと見つめたのだった。