綿裏包針<其の八>

「山田先生、なんかおかしくないですか?」
「あんたもそう思うか」
 ウキヨタケ領内に入った半助と伝蔵は以前の2人と同じように首を傾げた。
「なんだか違和感があるんですが」
「ますます怪しいな」
 2人は違和感の原因を見つけようとするかのごとく辺りを見回しながら町の中へと入っていった。

「それは出来ない」
 利吉はなつをじっと見て言った。なつは目を見開く。
「どうして」
「…仕事、だから」
 利吉は一瞬躊躇ったがしっかりと声に出して言った。
「私にはやらなければならない仕事があるから」
「そんな!!」
 なつは利吉に掴みかかった。
「どうしてですか!?命が危ないと言っているんですよ!?命より大切な事ってあるんですか!?命よりも大切な使命なんてあるんですか!?」
「声が大きいですよ!」
 利吉は慌ててなつに静かにするように言う。しかし、なつはそれを振りほどいた。
「聞こえたってどうって事はありません!あの人達は全て知っているのですから!」
 なつは言ってから、しまったという表情を浮かべて口を塞いだ。
「知っている…?」
 しかしそれを見逃す利吉でもない。利吉はなつに詰め寄った。
「どういうことか、説明してくれるかい?」
 利吉がそう言った瞬間、急に火縄の臭いが立ちこめたのだった。

「山田先生、なにか臭いませんか」
「…火縄の臭い…じゃな」
 半助と伝蔵は急に風に乗ってやって来た火縄の臭いにふと足を止めた。
「行ってみるか」
「ええ、行ってみましょう!」
 2人は火縄の臭いのする方に向かって走り出した。

「漸く本性を現したか!!」
 利吉はなつを庇うようにして立ち、次々と銃口を向ける者達に向かって叫んだ。
 銃口はひたすら冷たく、こちらを見ている。利吉はそちらに目を向けたまま、なつに囁くようにして言った。
「そこから家の中が見えるかい?」
「あ…はい」
 なつは震える声で言った。
「家の中から誰かこっちを見ているかな?」
「…いえ」
「そ…か」
 利吉は言うと、なつを抱えて身を翻す。後ろからやってくる銃声をものともせず、さっと家の中に入る。家の中では『父親』と『母親』がこちらを向いて立っていた。
「あなた方もそうなんでしょう?」
 利吉は挑発的に言う。すると、『父親』と『母親』は急に冷たい目つきになり、利吉向かって走ってきた。
 利吉はぎりぎりまで2人を引きつけ、そしてふい、と避けた。そのまま、とん、と壁に手をつく。
「わ!」
 思わず、利吉は声をあげた。手をついた壁がくるり、と動いたのだ。当然ながら利吉はバランスを崩してその向こうに倒れ込む。その時になつが下にならないように身体を捻る。
「大丈夫かい?」
 利吉はなつの身体を起こしながら言った。なつは頷いたがその視線が利吉を越えたところで固定されている。利吉はその視線を辿っていって、驚きの声をあげる。
「伊作君!?」
 利吉は思わぬ人物との遭遇に、しばし自分達が追いつめられていることすらも忘れるほどだった。

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