綿裏包針<其の九>

「大丈夫かい?」
「あ…はい」
 伊作は利吉の声に目を覚ました。まだ頭に軽く痛みが残る。
「利吉さん…どうしてここに?」
「それはこっちの科白なんだけど」
 利吉は溜息をつき、そして視線を先程の壁をじっと見つめる。
「詳しいことを聞くのは後にしようか…伊作君」
 利吉は身構えながら行った。
「どこかに出口があるはずだ。その子を連れて、早く」
「でも…」
 伊作は、利吉が『その子』といいながら示した少女をちらりと見て言う。利吉は伊作の方を向いた。
「いいから早く!時間がない!」
 利吉に言われ、伊作は小さく頷くとなつに奥へ進むよう促した。なつは利吉の方を見やりながらもそれに従う。利吉はそんな夏を見て、小さく微笑んだのだった。

「成る程ねえ」
 伊作はそう言って壁をぎい、と押した。急にさっと光が射し込み、眩しさに伊作達は目を覆う。
「…知らなかった…」
 なつは、目から手を放しつつ呟いた。伊作は怪訝そうな表情をしてそちらを向く。
「あのあと家にこんな細工をされているなんて…知らなかった」
「ええと…あの…」
 伊作は少女に話しかけようとして、思わず口をつぐんだ。少女の眼差しは真剣で、伊作の声など届いていないようだったのだ。
 どうして良いか解らずにおろおろしている伊作だったが、急にその視界が暗くなった。
「善法寺」
「!!誰だッ!!」
 咄嗟に小刀を取りだし、身構える伊作だったが、その声の主はゆっくりとそれを制する。
「まて、善法寺」
「――山田先生…」
 伊作はほっと息をつくと、手にしていた小刀を下ろした。
「どうしてここに?」
 先程とはうって変わって落ち着いた表情で問う伊作に、伝蔵は溜息をつきながら言う。
「全く…それを言いたいのはこっちの方じゃよ」
「随分探したんだぞ」
 伝蔵の後ろから半助も顔を出す。
「土井先生」
 伊作は少し驚いた表情を見せた。自分の元に教師が2人も来るとは――
(もしかして追試?)
 伊作の頭にそんな考えがよぎり、そして消える。
(いやいや、こんな事考えている場合じゃない)
 一人で首を振ってなにやらやっている伊作を不思議そうに見た後、伝蔵はなつに視線を移した。
「あちらのお嬢さんは?」
「あ、あの子は利吉さんから…」
「何!?」
 伝蔵は思わず声をあげる。
「利吉じゃと?あいつもいるのか?」
「はい。今、中で――」
「何?中に?――土井先生、ここ、頼むわ」
 丁度伝蔵がそう言い、半助がこくりと頷いたその時。
 家の中に入ろうとする伝蔵の前で、轟音と共に家が爆発したのだった。

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