望月 「ふぁぁ・・・」 部屋に響く程の大きなあくびをしつつ、伊作は障子を開けた。 全身を伸ばして空を見れば、普段あまり縁のない、星空と見事な月が浮かんでいる。 時刻は子の刻を過ぎたあたりだろうか。熟睡していたはずなのだが、なぜか目が覚めてしまった。 「眠い・・・」 ぼやきながら目をこすると、逆に目が冴えた。 今は秋の初めでまだ暖かく明日も休みなので起きていてもさほど問題はないが、何をする気力もないので、立ったままなぜ起きてしまったのかを考えてみる。 (――そういえば、満月の夜は眠りが浅くなるって聞いたことがあるような・・・) と思いあたったので月を見上げてみる。が、 「あっ」 僅かに欠けた月を見て、ようやく満月は明日だと気づく。 (完全に寝ぼけてるな・・・) 月は忍びにとって忌むべき物である。それを読み違えるとは、自分でも少々情けない。 「・・寝よ」 眠気が徐々に戻り、障子を閉めようとした時、視界の端で何かが動いた。 「えっ?」 誰かが、塀を飛び越えていったのだ。 (あれは・・・) 「仙蔵?」 ほんの一瞬だったのではっきりとは見えなかったが、長い黒髪がなびいていたのが分かった。結い上げていたようだから、あれぐらいの長さなのは仙蔵しかいないはずである。 「どうしたんだろ?」 明日も休みだから、こんな時間にやらなければならない用もないだろうに。 しかもこの先には、運動場と月見亭ぐらいしかないのだ。外へ出るのだとしても、ここからはかなり離れた塀を越えて出なければならない。 では一体何をしにいったのだろうか? しばらく迷ったが、後を追ってみることにした。と言っても、もうとっくに行ってしまっただろうが。 「よっ、と」 意味のない掛け声をつけ、塀に登ってみる。運動場が大方見渡せるが、人影はない。 ということは月見亭へ行ったのだろうか。ますます何をしに行ったのか分からなくなる。 (行きますか・・・) 少しは冷えるかと思い適当な上着を引っ掛けると、月見亭へ足を運んだ。 やはり仙蔵がいた。縁側で柱にもたれて座り、池に映った月を見つめている。 艶やかな髪が、月光を受けて黒真珠の輝きを放っていた。 声をかけようと近づくと、向こうから振り向いた。 「伊作・・・」 「仙蔵どうしたの?こんな所で」 軽く驚いた様子の仙蔵に、微笑みながら返した。 「それはこっちの台詞だ。おまえは何をしている」 「別に、ただ見かけたから来てみただけ」 そう言いながら、隣へ腰を下ろした。 「で、どうしたの?」 仙蔵はしばらく黙っていた。 「・・・・文次郎のいびきが五月蝿くて眠れなかった」 「ホント昔からそういう嘘つくの下手だよね。仙蔵って」 「・・・・・」 どうやら当たっていたらしい。 「そんなに話したくないんだったらいいけどさ、あんまり自分の中だけに溜め込んどくのは良くないよ」 その言葉に、仙蔵は少し考えているようだった。 「伊作」 しばらくして仙蔵は顔を上げると、こちらの目をじっと見ていった。 「人間は死んだらどうなると思う?」 「えっ?」 しばらく唖然として声が出ていなかった。 「どうしたの・・・?そんな事いきなり・・」 確かに、忍びを目指す自分達にとって、死はごく身近なものではある。しかし、死後にどうなるのかと考えるなど、およそ仙蔵らしくなかった。 「おまえが聞いてきたんだろうが」 「そりゃそうだけど・・・。何かあったの?」 「まぁ・・な・・。」 視線を池の方へ移すと、少しずつ語りだした。 「この間私用で遠くまでいった時に、焼き討ちになった村を見た。なんでそうなったかは知らんが、逃げ遅れた村人もいたみたいで、死体もいくつか転がっていた。ススみたいに黒くなった死体がな。それを見て、私はなんの感情も持たずに、ただ醜い死に様だと思った・・・」 仙蔵はそこまで言うと、手で目元を覆い、口元だけで笑った。 それは、ひどく自嘲的なものだった。 「それで気がついた。そんな風に思う自分ほど醜いものは無いと。自分の敵とかならばまだしも、ただ巻き添えくって犠牲になっただけの人間にまで醜いと思うんだからな」 「そんなこと・・・」 そんなことない。そう言いたかった。しかし、言葉が続かなかった。 自分も仙蔵にそう言えるほど、キレイな人間なのだろうか? 「・・・いつだったか、月は天国に通じるという話を聞いた。だから、忍びとして月を嫌う私はおそらく地獄かどっかに行くんだと思った。忍びをやめるつもりはないからな」 「仙蔵・・・」 自分の中で、一つの光景が蘇ってきた。 まだ幼い頃、おとぎ話の夢の国に、目を輝かせていた自分・・・。 今の自分は、夢の国になど、行ける筈がない。 忍びである限り、絶対に。 「でも、こうやって一人の人間になってみると、ただ月は美しいものなんだって、思えるような気もする・・・」 そこまで言うと、再び仙蔵がこちらに視線を戻した。自分も、ずっと床に向けていた視線を仙蔵に戻した。 「なぁ、伊作。天国と地獄、おまえはどっちに行きたい?」 自分は、自分は――。 いつの間にか、膝の上で手を固く握り締めていた。 「――僕も天国には行けないんじゃないかな・・・。僕も、忍びやめるつもりないから。でも、たとえ地獄に行ったとしても――」 しばらくお互い何も言わずに、ただ月を見上げていた。 「・・・おまえらしいな」 「・・どういう意味で?」 「バカがつくほどの御人好しらしい、と言う意味だ」 「ほめ言葉として受け取っておく」 どちらからともなく笑いが起こきた。やがて声は大きくなっていき、最後には夜空に響く大爆笑になった。 腹をおさえて笑いを止めようとしたが、少し押えるのがやっとだった。 「あ、そうそう。言い忘れてたけど、仙蔵は醜くなんかないからね」 「そういう事は言い忘れるな。バカ」 仙蔵のその目には笑いすぎて涙が浮かんでいた。どうやら立ち直ってくれたらしい。 「それでさ、いいこと思いついたんだ。明日さ、みんなでお月見しようよ」 「月見?」 「うん。明日ちょうど満月だしさ、この分ならきっと明日も晴れるだろうから、やろうよ」 「まぁ、そういうのもたまには悪くないな」 「よし、決まり!」 そう言うと伊作は歩き出した。 ほんの僅かな間、仙蔵はその姿を見つめていた。 「ありがとう」 風に消えそうなその声は、離れている伊作には届かない。 「なにやってんの仙蔵!置いてっちゃうよ!」 「今行く!」 仙蔵も駆け出した。 月は明るく二人を照らしだしていた。 大騒ぎとなる明日も。 ――でも、たとえ地獄に行ったとしても・・・、地獄の業火に焼かれながら、それでも天国に憧れるよ――。 死後にどうなろうとも、自分は今信じる道を生きる。 きっと月も見守ってくれている。 自分も、大切な仲間達も。 侑様から頂きました! 伊作と仙蔵の組み合わせ好きなんで、すごく嬉しいですv 最近、仙蔵って流行の「ツンデレ」ってやつなんじゃないかとか密かに思ってます。 ともあれ、侑様、本当にありがとうございました!! ●戻る |