麟子鳳雛<其の一>
その日、伊作達は揃って学園長室に呼ばれた。
「なんか最近悪いコトしたっけ?」
小平太が呑気そうに言う。伊作は小平太を軽く小突いた。
「厄介な『お使い』でなければ良いが」
仙蔵がぼそりと呟く。しかし、その予感は――見事に的中したのだった。
「ドクアジロガサとドクササコの様子がおかしい。探ってきてくれ」
ちょっとお使いに行って来てくれ、そんなノリで学園長はいきなり切り出した。
やっぱり、と言う言葉をのどの奥に押し込んで仙蔵は言った。
「情報はどのくらい揃っているんですか」
うむ、と頷いて学園長は地図をばさりと広げた。
「この近辺で怪しい動きがみられるらしい」
学園長が指差す先を五人は覗き込んだ。
と、伊作の表情が凍る。残りの四人もまた然り、だった。
「おい、ここって…」
文次郎がうわずった声を出す。伊作は固まった表情のまま頷いた。
「ああ、そうじゃったな」
学園長はしばし間をおいた。
「確か伊作の家の近くだったか」
「…この情報が入ったのはいつです?」
伊作は下を向いたまま言った。学園長は地図を引き寄せ、折り畳む。
「今朝のことじゃ。――行ってくれるな?」
学園長の問いかけに五人はゆっくりと頷いたのだった。
同じ日、少女の周りにも新たなる変化があった。
「今日、大掃除するからお外で遊んでおいてくれる?」
母親は、はたきに箒を取り出しながらそう言った。
「きぬもお手伝いします」
少女――きぬはあどけない口上でそう言った。注がれる、真剣な眼差し。
母親は直感していた。この子は全てお見通しなのだ、と。
しかしだからこそはぐらかさねばならない。この子を巻き込んではならない。
母親はそっと我が子の頭に手を置いた。
「大丈夫よ。すぐ終わるから。お隣のおばさまにお願いしてあるからそちらでお世話になりなさい」
母親の視線には全てを強要するモノがあった。きぬもそれには逆らえなかった。
「わかりました。では、行って参ります」
ほぼ棒読みのようにして少女は我が家を後にした。
半刻後。
きぬはやはり気になったのか、我が家へと急いだ。
母の言いつけだからと必死に自己を押さえたが、もう我慢できなかった。
「このままじゃ、このままじゃ――」
お母様まで…!!
その言葉を必死に否定しながら、きぬは我が家の戸の前に立つ。そっと戸の隙間から中を見た刹那、少女の目には信じられない光景が映った。
父親と、それに対峙する母親。少女の目にははっきりと解った。父親の右手には刀が握られていることが。
「私の――私の主人を返して下さい」
母親は口を開いた。『父親』の瞳は一瞬見開かれ――そして、急に元に戻ったかと思うと、その手は既に鯉口を切っていた。驚愕の瞳でそれを見て――母親は避ける暇もなくその刃に倒れた。
少女の目の前で鮮血が走る。
瞬間、弾かれたようにきぬはその場を走り去っていた。