麟子鳳雛<其の二>

「伊作…大丈夫か?」
 伊作は小平太の声にふと我に返った。
「心配なんだろう。そっとしといてやれ」
 仙蔵が横から口を挟む。
 伊作はふと小平太達の顔を見て、そして小さく「大丈夫だよ」と言った。

 いつの間にか辺りの景色は見慣れたそれになっていた。
 と、はやる気持ちを抑えつつ辺りを見る伊作の目の前に、急に少女が飛び出してきた。
 伊作とて避けられるはずもなく――少女は伊作にぶつかった。腿の辺りに少女の頭が当たる。
 少女は一瞬動きを止め――そして伊作を見上げた。
「どうした、伊作」
 仙蔵が足を止めて振り返る。
「――おきぬちゃん…」
 伊作はぼそりと呟いた。
「おきぬちゃんだね?」
 次にはっきりとそう言うと、伊作は少女の肩に手を置き、視線を少女に合わせた。
 しかし少女は何も反応しない。ただぼんやりと伊作を見つめているだけだった。
「…おきぬ…ちゃん?」
 伊作は再び声をかけた。と、今やっと気付いたかのように少女ははっとして口を開いた。
「あのね、お兄ちゃんはね、赤いの、好き?」
「え?」
 伊作の表情が凍り付いた。視線が定まらず、傍目から見ても動揺しているのが解る。
 先程の言動が信じられないとばかりに、伊作は少女の肩を揺さぶる。
「どうしちゃったの、おきぬちゃん…ねえ」
「あのね、赤いの」
 少女はあどけない顔でそう繰り返した。伊作は視線をそのままで首を軽く振る。
「赤い…何が赤いの…?」
「あのね、お父様がね、別の人でね、お母様がね、言ったらね、赤くなったの」
 そう言うと、少女はがたがたと震えだした。伊作は慌てて問う。
「おきぬちゃん…一体…一体何が…」
「だからね、家の中が赤いの。ねえ、お兄ちゃん、赤いの、好き?」
 伊作は何も言わなかった…いや、言えなかった。少女はしばし間を置いて続けた。
「きぬはね、赤いの、いやなの。お母様がね、赤くなっちゃってね、それでね、動かなくなってね、それでね、それでね…」
 そこまで言って少女はぐらりと倒れた。伊作は慌てて抱き留める。
「…気絶したみたいだ…」
 伊作は小さく呟き、そのままその少女を背負った。
「伊作…知り合いか?」
 仙蔵が少女を覗き込むようにして言った。
「年の割には言語が幼い気がするが」
「この子…今5才の筈なんだけど…3才で僕が忍者だって見抜いたんだ」
「え!?」
 他の四人は驚きの表情を見せた。
「凄く賢くて…快活で…とてもいい子だったのにどうして…」
 伊作は唇をぐっと噛み締めた。

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