麟子鳳雛<其の三>

 少女を背負う伊作の後を追っていた長次は、ふと視線を横にずらした。
 何時しか旅姿の老人が近寄ってきていた。
「もし…お若いの」
 老人はしわがれた声で言った。
「…何か」
 御用ですか、と言いかけて長次ははたと気付いた。
「お荷物、お持ちしましょうか」
 長次は急に柔らかな物腰になり、老人の手から荷物を受け取る。その手に小さな紙切れが一緒に握らされた。
「すまんの」
 老人は視線を長次に送りながらゆっくりと歩いた。長次は途中で気付いた残りの4人にも視線を送る。暫く歩いた後、老人は礼を言って長次達と別れた。
「さっきの、何て?」
「ああ」
 長次は辺りに人がいないことを確認すると、そっと手の中の紙切れを見つめた。
『この近辺にてドクササコが連絡を取っているふし有り。それを調査し、断つべし』
 そこにはこんな内容のことが書いてあった。
 紙切れを全員に回すと、長次はそれをさっと燃やした。
「利吉さんも協力してるんだ」
 伊作はぼそりと言った。先程の老人の中身、5人ともそれを見抜いていたのだった。
「でもなあ」
 文次郎は足下の小石を蹴る。
「そんなの言われても手がかりなんて全くないしな…」
「それにその子のこともあるし」
 小平太は、伊作の背中で眠る少女を見つめた。
「…一度…その子の家に行ってみたらどう?このままうろついていても時間の無駄だし…その子の家がこれに絡んでいないとも限らないしね」
「小平太!」
 長次は横から小平太をこづく。小平太ははっとして口元を手で塞いだ。
「いいよ、長次。その可能性だって十分有るんだし」
「伊作…」
 伊作は少し目を伏せて、足を急がせた。

「これで良かったんですか?父上」
 利吉は樹上で父を見上げた。
 2、3本ほど上の枝で下を眺めていた伝蔵は、小さく溜息をついて息子を見た。
「仕方ないだろう。学園長がそう言ったのだから」
「しかし…」
「この世界では情は無用だ、利吉。お前が一番良く解っているじゃろう」
 利吉はさらに反駁しようとして…そしてふと肩を下ろした。情は無用、そう言った父の言葉が脳裏を駆けめぐる。
 そんな息子を見て、伝蔵は再び溜息をついた。
「本当は私だって行かせたくないさ…」
 その呟きは息子に届いたのだろうか。
 利吉はすっくと立ち上がると、再び目をこちらへ向けた。
「――父上、こうしていても仕方がありません。我々は裏を叩きましょう」
「――ああ」
 伝蔵はふと思った。もしこれで試練を受ける者が自分の直接教えている生徒だったら、自分は承諾したのだろうか、と。
 しかし、その答えを見つけるまもなく、伝蔵は足下の枝を蹴っていたのだった。

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