麟子鳳雛<其の五>

 ――たん。
 思い切って伊作は戸を開いた。
「お久しぶりです」
 口元に柔らかに笑みを浮かべて。その視線の先には一人の男がいた。
「――や、やあ」
 男は口の端を引きつらせながら答えた。
 伊作はじっくりと男を観察する。
(外観は本人そのものだな…)
 挑戦的な眼差し。男はひるんだ。その僅かな隙を伊作は見逃さない。
「僕のこと、覚えていらっしゃいますか?」
 あくまで笑みを浮かべたまま、伊作は聞いた。男の背筋には冷たい物が流れていた。
「あ…ああ…お、覚えているとも。いやあ、大きくなったねえ」
 口ごもりながら男は答える。伊作は背中のきぬを下ろした。
「外でおきぬちゃんに会って…連れて帰ってきたんですよ」
「それはどうも…」
 男は口ごもりながら言った。きぬは目の前の男を睨み付ける。
 と、伊作はふと竃に紅いものが付いているのに気付いた。男に悟られないように指で触れる。少し固まりかけてはいるものの、まだ新しかった。
 ――まさか…
 伊作が恐れていたことがいま現実になろうとしていた。一瞬躊躇い、しかし伊作は口を開いた。
「あれ?そう言えばおばさまはどちらです?」
「――ああ、家内なら…」
 言った瞬間、男のわきに手裏剣が刺さった。
「そこまでです」
 伊作はきぬの前に立ち、庇いながら言った。
「やっと確信が得られました。貴方はおじさまではありませんね」
「!!」
 男は目を見開いた。
「な…何を言うんだ?なあ、きぬ。私はお前の父様だろう?」
「…ちがう…」
 きぬは伊作の袖を掴みながら言った。男の目がさらに見開かれる。
「貴方はお父様じゃない…あの時道を聞きに来た旅の人でしょう?」
「なにを…!!」
 男はきぬに掴みかかろうとした。が、目前にクナイが突き出された。
「!!」
「おきぬちゃんの手前、手荒なことはしたくありません。答えて下さい。おきぬちゃんのご両親は何処ですか」
「……っ!!」
 軽く舌打ちして男は後ろへ飛び退いた。そのまま裏口から逃げようとするが、退路を不意に阻まれる。
「仙蔵」
 伊作は小さく仙蔵に目配せした。仙蔵はこくりと頷いて驚く男の手を捻り挙げた。
「さて、じっくりと話を聞こうか」
 男の額に汗が流れた。

「長次」
 相変わらず家の外で待たされている小平太と文次郎は、友人の帰還にほっとした笑顔を浮かべた。
「どうだった?」
「何者だった?」
 二人の問いが重なる。顔を見合わせてお互いむっとする二人を気にしないかのように、長次は淡々と言った。
「…山田先生と利吉さんがあいつの仲間もみんな斬ったらしい」
「え!?」
 小平太は身を乗り出した。文次郎も腕組みをして聞いている。
「それで…山田先生が」
 長次は小さく溜息をつく。
「何かあったら伊作を支えてやれって」
「?」
「支える?」
 小平太と文次郎は、再び顔を見合わせ、そして首を傾げたのだった。

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