麟子鳳雛<其の六>

「おきぬちゃん」
 伊作はそっと少女の肩をたたいた。きぬははっとして伊作を見る。
 ――この子には血を見せてはいけない。
 伊作は心の中で繰り返すとそっとしゃがんだ。
「外へ――」
 と、きぬは首を左右に振った。視線は前に据えたままで、少女は再び首を振った。
「私も聞きたい」
「でも…」
「聞かせて!」
 きぬは涙目になりながら伊作を見た。伊作は小さく溜息をつくと仙蔵の方を見る。相変わらず腕を捻り挙げた状態で静止していた仙蔵は、小さく肩をすくめた。
 ――少し…手加減してやろうね。
 伊作は口元だけでそう伝える。仙蔵は、解ったと同じく口元だけで返した。
「さて…と。まずは自己紹介からしてもらおうか」
「ぐ…そん…な」
「声が小さいな」
 仙蔵はその流れるような黒髪を垂らしながら、男に囁く。男は冷や汗を垂らしながら言った。
「お…俺は…ドク…ササコ…の…」
「ドクササコ!?」
 伊作は男に詰め寄る。
「ああ…今度のドク…アジロガサとの…戦の…連絡役…」
「連絡役?」
「成る程な」
 仙蔵は小さく呟くと、男の首筋に手刀を浴びせた。ぐ、と小さなうめき声を上げて男は倒れた。
「仙蔵!?」
 伊作は仙蔵に駆け寄る。
「どうして?まだ話は…」
「もう解った」
 仙蔵は伊作の方を見ずに答える。
「もう全部解った…だから…だから伊作は速く外に…」
「仙蔵…」
「その子を外に…」
 伊作はまだ何か言おうとしたが、繰り返しの仙蔵の要請に、ついにきぬを外へ連れ出した。
 後ろは振り返らない。恐らく中では更なる尋問が続くのだろう。
 伊作は男の言葉の意味を必死で模索し始めた。

「伊作!!」
 文次郎達が伊作ときぬに駆け寄る。
「…どうだった?」
「それが…」
 伊作は家の中であったことを逐一語った。男の言ったこと全てを。
「――仙蔵はその時『解った』っていって男を伸しちゃって…でも僕にはまだ解らないんだ」
 言い終えたとき、文次郎達は全員目を伏せていた。
「――文次郎?小平太?長次?」
「伊作――」
「え?」
 小平太は伊作の肩に手をのせた。
「伊作…お前、解らないはずないだろう?」
「オイ、小平太」
 文次郎が小平太を制止しようとする。小平太は口を開きかけたが、横から長次が割り込んだ。
「伊作――おまえ、逃げていないか?」
 長次の一言に、伊作の表情が凍り付く。
「僕が…逃げてる?」
 伊作は信じられないといった瞳で長次を見た。

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