麟子鳳雛<其の七>
「僕が逃げてる…ってどういうこと?」
伊作は長次に問う。長次は視線を伊作から外し、そして小さく溜息をついた。
「どうしても…言わせるのか」
伊作はこくりと頷く。長次は再び溜息をついた。
「つまり…だ。ヤツはドクアジロガサとの戦の際の連絡役なんだ。連絡役が敵に感づかれないようにするため…自然にこの町に留まろうと思ったら…」
「まさか…」
伊作の顔色がさっと変わった。長次は続ける。
「手近な人物と入れ替わることだ」
「!!」
「恐らくその『人物』として選ばれたのがおきぬちゃんの父親だったわけだ。だからヤツは…」
「長次」
文次郎が長次を制止した。伊作はうつむいたまま何も言わない。僅かに肩をふるわせていた。
「…あれ?」
と、急に小平太が声をあげた。
「どうした?」
文次郎が振り向く。
「あ…いや…おきぬちゃんは何処に行ったのかな…って」
「何ィ!?」
3人は一斉に小平太に詰め寄った。
「さて…と。もうそろそろ良いんじゃないか」
「ぐ…」
仙蔵は男から既にかなりの量の情報を引き出していた。あとはアジトの位置を聞き出すのみだった。
男が口を開こうとしたその瞬間、戸が音もなく開いて少女が家の中に滑り込んだ。
「…おきぬちゃん?」
仙蔵は男を押さえつつも、きぬを凝視した。
「…」
きぬは無言で男に歩み寄る。仙蔵は相変わらずじっときぬを見ていた。
「…ハッ!!」
気合一閃。
仙蔵の手元から男の姿がふっと消え、少し離れた床の上に倒れた男の姿があった。
仙蔵が駆け寄る暇もなく、きぬが男に飛びかかる。その手にはきらりと光る小刀。
「…ッ!!」
きぬの小刀は実に正確に急所を捉えていた。
呆気にとられる仙蔵の目の前で血しぶきが上がる。
「おきぬ…ちゃん?」
仙蔵は掠れた声を出す。きぬはゆらりと立ち上がった。乱れた髪が頬に張り付き、所々に返り血を浴びている。
(この子…一体…)
仙蔵の心の声が聞こえたのだろうか、きぬは口を開く。
「私は…こういうときのために日頃から自主的に体練を積んできました。親の敵が討てたことは、私にとって最高の喜びです」
きぬの口調はきわめてはっきりしていた。
「もしかして…私たちに出会ったときも…」
「はい。だって、『聞き分けの良い子ども』だったら連れていって頂けませんでしょう?私一人で倒せるような相手ではありませんから一人で立ち向かうわけにはいきませんし。ならば、あなた方にある程度弱らせて頂かないと」
きぬはそう言ってふっと微笑んだ。
――この子…ただ者じゃない…
仙蔵はその言葉を飲み込み、ぐっと唇をかんだ。