小夜千鳥

 あれはようやく一人で夜の厠へ行けるようになった頃のこと。
 うそ寒い感じのする夜の廊下で、重は不思議な歌声を聞いた。
 聞いたこともない不思議な調べはどこか哀しく、そして美しくて。
 引き込まれてしまいそうな気がして、肌がざわりと粟立った。
「み・・・みよぉ」
 悲鳴にもならない情けない声で兄貴分の名を呼び、重はじりじりと後ずさる。怖い。半端なく怖い。「重!」
 突然背後から抑えたトーンの声がかかり、重は文字通り飛び上がった。
「うわっ!」
 声をかけた当人の方がびっくりして大きな声を上げた。腰をぬかした重に、航はあわてて駆け寄る。
「ごめん、重。びっくりした?えーっと、あのさ。網問知らん?今起きたらいなくてさ。厠かと思ったんだけど帰って来ねえし、東南風も間切も寝てるし」
「・・・網問?」
 歌声はやんでいた。
 そこへ、
「こおら、ちびっこ諸君」
「うわっ、義兄」
 突如現れた兄貴分を前にして、重と航はおもいきり身をひいた。
「何騒いでんだ、こんな時間に。疾風の兄ぃにまたどやされんぞ」
「あ、あのね。幽霊がでたんだ!・・・でたんです!」
「へ?幽霊?あの、義兄、網問がいなくなったんです」
「話題を絞れ」
「だから幽霊が歌ってたんですよう!」
「そっちに絞るのぉ?」
「ふむ・・・」
 義丸は片手を腰に、もう片方の手をあごにやっておもむろに口を開いた。
「幽霊はともかく網問ならそこにいるじゃねえか」
「わあっ!」
 一つ年下の異国の少年は、無邪気ににこにこ笑いながら航の着物の裾を握っていた。
「よしに、かーら、しげ」
 覚え始めたこちらの言葉を、網問は嬉しそうに口にする。それからぺこりとおじぎをした。
「おやすみなさい」
 つっこみを入れる間もなく、網問は楽しそうにパタパタと駆けていく。
 奇妙な歌を口ずさみながら。
「あ・・・あれ、あいつの国の歌かあ」
 重はその場にへたり込み、それからちょっと黙って網問の後姿を見送った。どこか哀しくて美しい、故郷の歌。
「・・・明日教えてもらおうか、あの歌」
 同じように神妙な顔をしていた航がふいに振り向いて、明るい声で提案する。重の顔もぱっと明るくなった。
「・・・うん!」
 義丸は少し笑って、二人の子供の頭をついと押した。
「はいはい、んーじゃ明日に備えて寝た寝た。ぐずぐずしてたら舳や東南風たちがまた探しに来るぞ」
「はーい」
 子供たちは素直に返事して、網問のあとを追って駆け出す。
 そうだ、お頭も、大兄ぃたちも、鬼蜘蛛丸の兄ぃも義兄も舳丸も東南風も間切も誘って、みんな一緒に歌ってやろう。
 新しい仲間の、故郷の歌を。 
              
                                ―これでおしまい―

 しなの様から頂きましたv
 ああもう網問可愛い可愛い可愛いッ!!(そればっかりだな)
 重と航のやり取りとかもいいですよねv「そっちに絞るのぉ?」って台詞に笑ってしまいました。
 
 しなの様、本当にありがとうございましたv


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