星火燎原<中編>
「じゃ、行って来い」
「はい」
打ち合わせが終わったのは、それから少し後のことだった。鬼蜘蛛丸は、支度をした間切を見送ろうとしたが、間切は丁重に断る。
「あ、結構です。網問も連れて行かなきゃいけませんし、それに…」
間切は苦笑いを浮かべた。鬼蜘蛛丸が陸に上がると逆にややこしいことになってしまう。間切は重ねてやんわりと断ると、船を後にした。
「別に遠慮しなくてもいいのに…」
ぼそり、と鬼蜘蛛丸が呟く。たまたま横でその様子を見ていた義丸は、ぷっと吹き出したのだった。
「あの、網問知りませんか」
間切が帰ってくるのにそう時間はかからなかった。鬼蜘蛛丸は目を丸くする。
「いないのか」
「はい、何処にも」
間切は深刻そうな表情をして言った。何処にもいないのか、という鬼蜘蛛丸の念押しに、間切は頷いた。
「…で、もしかして、と思ったのですが」
間切はなにやら言いにくそうにしてぼそぼそと切り出す。鬼蜘蛛丸はそんな間切の態度を不審に思いながらも、先を促した。
「さっき、網問が来た時に、『先に出てくれ』って仰いましたよね」
「ああ」
「もし、網問が『出てくれ』を『出発してくれ』の意味で取ったとしたら…」
空気が急に重くなった。間切は、言わなければよかった、と心の中で呟く。
「まさか」
鬼蜘蛛丸はやや焦り気味に言った。
「いくら網問でもそれはないだろう。行き先が解らないのに行くなんてこと…」
絶対にありえない、鬼蜘蛛丸は自分自身に言い聞かせる。
「でも、網問の性格を考えると…」
ありえます、よね。間切はとてもではないがそこまで言うことは出来なかった。普段から部下のことを人一倍思っている鬼蜘蛛丸の表情が、見る見るうちに変わっていくのが解る。
「…間切、とりあえずお前は一人で行け。網問はこちらで探しておくから」
鬼蜘蛛丸はそれだけ言うと、早足でその場を後にしたのだった。
その頃。
網問は気が付けばずんずん森の中を進んでいた。どの道を行けばいいのか、殆ど考えていない。ただ、分かれ道に差し掛かると『次はこちらだ』ということが、ふっと浮かぶのだ。根拠など全くないが、自信が持てた。
「次は…右!」
網問自身もあまり細かいことにはこだわらない性格なので、何故道がわかるのかなど考えもしなかった。出発直前に一瞬鬼蜘蛛丸が網問に見せた地図。それが脳裏に焼き付いており、網問はそれに従って進んでいたのだが、いわば『本能』のようなもので、意識的にやっていることではなかった。
「あとは進んでいけば目的地…多分」
勿論、この時点で自分が手紙を持っていないことなど、網問は全く気にしていない。
「おや…?あの子がこの仕事の…?」
言うまでもなく、頭上の木の枝に影が止まっていることにも、さらにもう少し先に殺気を放った軍団が待ち構えていることにも気付くはずがなかったのである。
「網問を見なかったか」
「いえ」
鬼蜘蛛丸は、義丸の答えにがっくりと肩を落とした。義丸は心配そうに鬼蜘蛛丸の顔を覗き込む。
「あいつ…また何かしでかしたんですか?」
「いや…実は」
かくかくしかじか。
鬼蜘蛛丸はこれまでの経緯を義丸に説明した。説明が進むにつれ、義丸の表情がどんどん変わっていく。
「…!!網問が!?」
「…ああ…俺の所為だ」
鬼蜘蛛丸は唇をかんだ。あの後、水軍の者皆に、網問の所在を聞いたが、誰一人として知る者はいなかったのだ。間切の言ったことが次第に現実味を帯びていく。
「…これから、網問を探しに行ってくる。お前はこの後…」
「何言ってるんですか!?」
義丸は声を荒げたがすぐに口をつぐみ、息を大きく吐いてから落ち着いた声で言った。
「貴方が行っても、陸酔いに悩まされて充分力が発揮できないでしょう?俺が行きます」
「しかし…これは私が原因で…っ」
「いいから…こういうときこそ、落ち着いて部下をまとめるのが仕事でしょう?俺が行ってきますから、大船に乗った気持ちで待っていてくださいよ」
義丸はそう言ってにっ、と笑う。鬼蜘蛛丸はゆっくりと息をついた。
「…解った。頼んだぞ」
「任せてください」
義丸は鬼蜘蛛丸の目の前で、ぐっと拳を握って見せると、足早にその場を後にした。鬼蜘蛛丸はその背中を見送りながら、ただ部下の無事を祈るばかりだったのである。
ええと…このペースで行ったら後一回で終わるかどうか怪しいんですが…
そのときには<後編の上>とかになるかもしれません(うわあ、ベタだ)
樹上の『影』とは誰なのか?
間切はきちんと任務を果たせるのか?
義丸は網問を見つけられるのか?
などなど。
…やっぱり後一回で収まるとは思えなくなってきました。