隙<終章> 利吉が流言を放ってから僅か十日で、事態は収束した。 家老達の手によって城主が挿げ替えられ、新しい城主からドクタケとマイタケへ和議の申し入れがあったのだ。忍びたちも違約金を受け取って、皆城を出たとの報せが雅之助より入っていた。 「――案外、早かったの」 「ええ」 日のあたる縁側で、利吉と伝蔵は茶をすすっていた。僅か十日前までは皆が侵入者に神経を尖らせていたなどとは想像もつかぬほど、学園は平穏で、静かだ。 「何事もなくてよかったです」 「しかし、問題点が見えてきたのも確かじゃ」 伝蔵は、湯飲みを置いて腕組みをした。 「長期休暇中に学園の守備が手薄になるのは事実――今までは、各城の良心に甘えて来ていたというべきか…ツキヨタケの取った行動は、ある意味正攻法じゃからな」 「ですが父上。今回の一件を見て、暫くは学園を狙おうなどと考える城など現れないと思われますが?」 利吉は伝蔵の表情を覗き込むようにして言った。伝蔵の眉間には深い皺が寄っている。 「確かに、暫くはある程度楽観視できよう――しかし、問題はその後じゃ。やはり、休暇中の宿直を増やして――」 「却下です!」 利吉は突然声を荒げた。伝蔵はどきりとして利吉の方を見る。 「…なんじゃいきなり」 「父上!これ以上宿直を増やすおつもりですか!?学園と氷ノ山が離れているのをいいことに、家に帰らないつもりじゃないでしょうねッ!!」 ずいと詰め寄る利吉から、伝蔵は視線を逸らした。 「別に帰りたくないわけではない。帰りたいが、やはり学園に勤めるものとしてだな」 「そういうことは、直接仰ってください」 利吉は目をすっと細め、右手を徐に上げた。伝蔵が硬直するより早く、利吉の背後に影が降り立つ。 「来てしまいました。あなた」 「……おう」 輝かんばかりの笑顔を浮かべる妻に対し、伝蔵の額には冷や汗が浮かんでいる。どんな危機に際しても冷静さを保てるはずなのに、表情が固まってしまう。 「り、利吉…そなた…」 「清八さんが、土井先生からの伝言を学園まで伝えに来るだろうと予想していましたので。彼に氷ノ山までの使いを依頼するよう、学園長にお願いしておいたのです」 親孝行な息子でしょう?悪戯っぽい笑みを浮かべて、利吉は楽しそうに言った。 ――何が親孝行なものか! 伝蔵は喉元まで出かかった言葉を、ぐっと飲み干す。伝蔵はぎこちない笑みを浮かべて、妻の肩に手を置いた。 「――折角来てもらったところ悪いのだが、事件の後処理があってこの休みは帰れそうにない。すまないが、次の休みに――」 「あら。学園長先生からは許可を頂いていると聞いておりますが?」 伝蔵は反射的に利吉の方を振り返った。利吉は懐から契約書を出し、ぴらぴらと振ってみせる。 「事実ですよ、父上。学園長から十日間の強制休暇を頂いております。これは寧ろ『家へ帰れ』という命令ですから、父上に拒否権はありませんよ」 「ほらほら、言ったとおりでしょう?あなた。さあ、今すぐ帰りましょう」 「学園長…!!」 今更ながら、学園長と息子の間で交わされた密約に気づいた伝蔵は、妻に引きずられながら悲痛な叫び声を上げた。その声は学園中に響き渡る。 「すまぬ。許せ、伝蔵…学園のためじゃ!そなたの犠牲は忘れはせんぞ」 学園長は、正門に向かってそっと手を合わせたのであった。 …漸く完結です。なんかいろいろ処理しきれてない部分はありませんが、その辺は見逃してくださるとありがたいです(大汗) 山田家はいいですよね!山田家父は息子の気配は感知できるけど妻の気配は感知できない、とかね! そういうスタンスで書いてます。 ここまで長々読んでくださった方に、オマケというかなんというか…<其の九>のボツバージョンをこっそりこちらに載せました。興味のある方は覗いてみてくださいませ〜 ●戻る |