隙<其の九>〜ボツバージョン〜


 ――さて、どうしたものか。
 ツキヨタケ城の一室でぼりぼりと頭をかきながら、雅之助は思案した。
 ツキヨタケに入ってかなり時間が経つ。学園長にツキヨタケの妙な噂を報告に行った途端、命じられたのが潜入だった。身元の確認が厳しいと言われていたものの、他人にそっくりなりすませてしまえば簡単なものだ。勿論、本人とは『交渉済み』である。
 雅之助はぐるりと部屋を見回した。部屋には、あちらこちらから集められた腕利きの忍びが集められている。どうやら、城の者は一度皆を集めてから依頼内容を説明するつもりらしい。薄暗い部屋で、もうかなりの時間が経とうとしていた。
 前情報によると、ツキヨタケはかなり人選に慎重になっていたらしい。事前の情報漏洩を恐れ、雇う相手の身元を徹底的に調べ、学園関係者を完全に排除した――つもりだったらしい。
 ――甘いな。
 そこいらの城が調べて割り出せる『学園関係者』など氷山の一角だ。学園の生徒と卒業生、その縁者、教師達――おそらく調べられるのはその程度が限度だろう。しかし、学園にはさらに『影の支援者』達がついていた。彼らは普段はなりを潜め、そして密かに学園に各地の情報を送り続けている。緊急の際には学園の手助けを助けてくれる、力強い『伏兵』達だ。彼らの存在なしに、学園という危険な組織を並み居る勢力の中で守り続ける事は不可能であった。
「――どう見る」
 見知った顔を見つけ、雅之助は視線を合わせずに話しかけた。話しかけられた相手――さえない表情の中年男――もまた、雅之助を見ることなく、彼にだけ聞こえる声で返す。
「――城主交代の直後で、連絡系統に多少の乱れが見られます。こちらから何とか皆を動揺させられれば、あるいは――」
 言いかけて、彼は口を噤んだ。雅之助もハッとして戸口を見る。先程まで閉じていた戸がするりと開いて、見知った顔がひょいと顔を出した。
「お前は…!」
 部屋がざわめきに包まれた。彼の顔は、多少業界で売れている。戸から堂々と入ってきた人物は、臆する事もなく部屋に集った顔を見回し――そして、雅之助のところでピタリと視線を止めた。
「大木先生」
「…ッ!!利吉!」
 知らぬふりを通すつもりだったが、視線を合わされた挙句本当の名を呼ばれたのではどうしようもない。雅之助は彼の名を呼びながら立ち上がった。集まった忍びたちが利吉と雅之助の間にさっと道を空ける。
「…待て!!」
 あまりに堂々とした利吉の態度に呆然としていた忍び達の中で、一人の男が立ち上がった。男は利吉と雅之助の間に割って入り、利吉を睨みつける。
「何故お前がここにいる!お前は学園の関係者中の関係者だろう!!ここに来たという事は…!!」
「ええそうです。ツキヨタケの陰謀を潰しに来たんですけれど。何か?」
 しれっと答える利吉に、男は言葉を失った。利吉はにっこりと笑みを浮かべ、男の肩越しに雅之助に言葉を投げかける。
「大木先生。上手くいきましたよ。ドクタケとマイタケを動かせました。ここの新城主殿は学園の事で頭がいっぱいで、あまり軍備を整えていなかったようですから――どちらかがもうすぐこの城に攻め込みますよ」
「…そうか」
 雅之助は、とりあえず利吉に調子を合わせることにした。利吉の言葉は嘘ではないのだろう。自分達は暫くカンヅメにされていたから知らなかったが、どうやら外では大変な事が起こっているらしい。
「ならもう帰るか?それだけ動きがあったのなら、ここに我々がいても仕方あるまい」
「ええ。そのつもりでお迎えに上がったんです」
 雅之助は先程の男の傍を通り、利吉の元へ向かおうとした。――と、すれ違う瞬間に我に返った男がその肩を掴む。
「待て!!」
 男は雅之助を睨みつけた。利吉の方に視線をやると、彼はやれやれといった表情で男を見ていた。周りの忍び達はどうするべきかと様子を見守っている。
「お前、学園の者だったのか!学園の間者なのだな!?」
 声を荒げていう男に、雅之助はため息交じりで返した。
「だったらどうする」
「斬る!このままお前達を見逃すわけには行くまい!」
 男は言うなり、懐から取り出した短刀を抜き放った。雅之助は軽くそれをかわし、利吉の隣につく。



 …ここまで書いたところで『流石にこの展開はないだろう』と思ってやめました。『飄々と敵陣に乗り込む利吉』をやりたかっただけだったり(笑)
 『これだけ?』ってツッコミはナシの方向でお願いします。


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