隙<其の四>


「親方ー」
 加藤村に呑気そうな声が響いた。部屋で書き物をしていた飛蔵はふと顔を上げる。
「どうした」
「学園からお手紙です」
 若衆は小さな紙を差し出す。伝書鳩が運んできたものだ。筒に入っていた名残で、若者の手の上で丸まっている。飛蔵は何気なく手を伸ばしてそれを取った。
「なになに…」
 呟きながら飛蔵はその紙を広げる。広げた瞬間、飛蔵の目が少し鋭くなった。
「これは…」
 飛蔵がいつになく真剣な表情をしている。若者は不安げに飛蔵を見つめた。
「親方?」
「…急いで清八と喜六を呼んでくれ」
「…は、はい!」
 若者は弾かれたように走り出した。その背中をちらりと見やり、飛蔵は再びその紙に目を落とす。
「…なんてこったい」
 彼の口からは、ひとりでに溜息が漏れていた。


「学園長先生」
 学園長の庵では、召集を受けた各委員会の委員長が集っていた。それぞれ、手には生徒の名簿がある。名簿を差し出しながら、仙蔵は鋭い視線を学園長に向けた。
「…何かあったのでしょうか。随分と先生方が慌しいご様子で…」
「そう焦るでない」
 言って、学園長は名簿に手を伸ばした。素早く目を通して、ふう、と溜息をつく。
「案外少ないな」
「…委員会によっては自由参加にしたものもあるようですし」
 仙蔵はにこりと微笑み、私の委員会も自由参加だったのですけれど、皆参加してくれたんですよと付け加えた。瞬間、文次郎と小平太と長次と伊作の視線が仙蔵に集まる。
 脅したな?脅したんだな!?
 四人とも目でそんな台詞を発している。それを察したのか、仙蔵は四人の方を向いた。
「脅したりはしていない。ただ『私は皆を信じている』と言っただけだよ」
 そう言われて逆らえる奴はいないだろう。
 皆心の中でツッコミを入れた。口に出さないのは命が惜しいからだ。なにやら複雑な友情関係を見せられた学園長は、ふと我に返って咳払いを一つする。
「…話を元に戻そう」
 学園長の一言に、五人が一斉に膝を正す。その目には真剣な光が宿っていた。
「不確かな情報じゃが、学園が近い内に襲撃される恐れがある。休み中で守りの手薄なこの時期に、じゃ」
 五人の顔に緊張の色が現れた。今現在、学園の中には教師、生徒共に普段の半分もいない。この状況で襲われることがどういうことか、彼らにはすぐに理解できた。
「残念ながら、先生方は警護で手一杯じゃ。そこで、そなた達には生徒達の統制を任せる。これから脅威が去るまでの間、基本的に委員会単位で行動すること。よいな?」
「はい」
 五人は短く答えて頭を下げる。学園長はさらに続けた。
「いいか。最優先すべきは下級生の安全確保じゃ。勿論、学園外への外出は例外なく禁止する。万が一、学園内で敵に遭遇した場合は捕らえたり倒したりする前に、下級生の安全を第一に考えよ。誰一人として欠くことは許されぬ」
 重い学園長の言葉に、五人はさらに頭を深く下げる。自分達に負わされた下級生達の命が――ずっしりと自らの肩にのしかかってくるようだった。


「お呼びですか、親方」
 呼ばれた喜六と清八が飛蔵の許に来るまで、そう時間はかからなかった。走ったことで僅かに乱れた息を整えながら、喜六と清八はいつになく真剣な飛蔵の前になおる。
「来たか」
 飛蔵は顔を上げ、紙に走らせていた筆を止めた。ちょうど書き終えたのだろう、その紙を喜六の前に差し出す。
「いいか、この書付にある学園の先生方の許へ急いでくれ。どの先生にも、至急学園へお戻り頂くようお伝えすること。いいな。お前一人では手一杯だろうから、里に残っている若衆を使え。人も馬も惜しむな」
「へい」
 書付を受け取りながら、喜六は頷いた。彼の息子と同様、書付には非常に個性的な字が並んではいるが、読めなくはない。それを確認すると、喜六はすぐに踵を返して走り出す。喜六が走って行ったのを見届けてから、飛蔵は清八に向き直った。
「清八、お前は土井先生の許へ行ってくれ」
「はい」
 応えながら、清八は『若だんな』の担任教師を思い浮かべた。それならば先程の喜六へのいいつけと同じような内容なのではないか。何故自分に、わざわざ相手指名で別に頼んだのだろう。
 そんな清八の疑念を察してか、飛蔵は言葉をつないだ。
「土井先生には別件の用事があるようだ。学園から来た手紙は小さくて字が読みにくいかもしれないから、一応改めて手紙を認めておいた。これを土井先生に渡してくれ。出来るだけ、早く」
 手紙を受け取った清八は、小さく眉を顰めた。寧ろ学園から来た手紙を直接お渡しした方が読みやすいのではと言いかけて、言葉をぐっと飲み込む。相手は『若だんな』の担任の先生だ。彼の字が読めているならこの手紙も読めるだろう。
「では、早速」
 清八は軽く頭を下げると愛馬の許へと走って行った。詳細は分からないが、どうやら学園で大変なことが起こっているらしいということは推測できる。
「若だんな、無事でいて下さいよ…」
 清八の口から漏れた小さな願いが、流れ行く風に乗って行った。



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