―血、血、血。あたり一面、血の海。
さっきからいったい何人斬っているのだろう・・・?―
四方を敵に囲まれ、前を斬ったらすぐに、後ろから横からと斬りかかってくる状態がずっと続いていた。そのために五人とも肩で息をしている。休もうものなら命を落とすのは必至だ。
形振りなど構う余裕すらないから皆全身に鮮血を浴びている。血の匂いに目眩を覚えた。刀がすぐに人間の血と脂で使い物にならなくなるから、斬り捨てた者の刀を拾っては捨て、拾っては捨てるということを繰り返していた。
その地獄絵図のような中で、伊作の様子がおかしい。
目の焦点が一点を見つめたまま動くことがない。
―なんで私は人を斬り続けている…?
子どもを呼ぶ掠れた声。さっきからあの男の声が耳について離れない。
殺したくなかったのに…。何故殺した?今だってこれ以上人を殺したくない。なのになんで体が動く?なんで・・・?
[それはおまえが死にたくないから。可哀想だと思うなら手を止めればいいだろう?結局自分のことが何よりも大切なんだよ。この道を選んだ時から決まっている。お前は他人の命を屠らなければ生き残ることはできないのだから―]
自分の中にいるもう一人の声。頭の中に直接入り込んできて、消えない声―
ずっと続くような気がした。でも・・・
「・・・く・・・伊作っ!!」
「え・・・あー、ごめん・・・。」
仙蔵が自分を呼びかけていることにやっと気付いた。
「兵が引いた。行くぞ!」
「行くぞって何処へ・・・?」
「退却するんだよ!」
そういって伊作の腕を引っ張る。
文次郎達は、二人よりも前に出て敵を食い止めてくれていた。
「二人だけで?もんじたちはどーするんだよ?」
「この状況で全員無事脱出なんて無理だ。私たちのほうが足が速いんだから、三人に敵を食い止めてもらって、助けを呼びに行く。」
「なっ・・・何言ってんだよ!三人だけじゃ食い止めるどころか殺られるだけだ!」
「ここに全員残っても同じことだ。このままじゃいずれ殺られる。」
伊作は衝動的に仙蔵の胸座に掴みかかった。
「助けを呼びに行ったって間に合わない!私は見殺しになんかしたくない!」
手を離して俯いたで。八つ当たりだってわかってる。でも、どうすればいいかわからない苛立ちを仙蔵にぶつけてしまった。
ふと、顔を上げて仙蔵の顔をみた。冷たい目をしてしているけど遠くを見つめてどこか寂しげな目をしている。
―どうしたらいい?どうするのが一番いい?なんか、もう頭の中ぐちゃぐちゃ…―
「伊作避けろっ!!」
「え・・・?」
横を見たら鉄砲隊がいた。二列で十人前後いるのが見てとれた。弾が一つ自分に向かって飛んでくる。本当は速いはずなのにひどくゆっくりに見える。当たる、と思って堅く目を閉じた。
でも、弾は当たらなかった。そのかわりに強く地面に打ち付けられた。
目をあけると、伊作の上に仙蔵が覆い被さるようにしていた。その腕からは赤い液体が流れ出ている。
「仙蔵!?大丈夫かっ?」
伊作は呼びかけながら仙蔵の体を起こした。
「ああ・・・平気だ。」
顔をしかめてそう答える。
伊作が手拭を仙蔵の腕に縛りつけた。
「おい!大丈夫か?」
文次郎たちが伊作たちのもとに走ってくる。長次は文次郎の肩につかまっている。
「今のうちに逃げんぞ!」
皆一斉に城壁に向かって走った。
後ろから、早く弾を込めろ!と怒鳴る声が聞こえてくる。
「斬り合ってた兵は?」
走りながら伊作が文次郎にたずねる。
「さっきの銃声で皆ビビって逃げちまったよ!」
「あれ、火縄の匂いしなかったけど、もしかして歯輪銃?」
「たぶんな」
小平太の質問には仙蔵が答えた。
「構えー!!」
目一杯叫ぶ指揮官の声が届いた。
「城壁まで間に合いそうにない」
長次が後ろを振り返って言った。
「散ったほうがいいな」
仙蔵の言葉に五人はバラバラに走る。
もうすぐくる、と思いさらに速く走ろうとしたその時―。
背後で指揮官の叫び声が聞こえたかと思うとすぐに何かの爆発音に掻き消された。
五人が一斉に振り返る。
煙の中を一人の影が動いていた。その影が地面を蹴って木の上に飛び移る。
「利吉さん!?」
伊作が驚いた声をあげた。他の四人も目を丸くして驚いた顔をしている。
その声に気付いて利吉は五人のほうに顔を向けて軽く笑った。
「う、撃て!」
誰かの声で利吉に向かって一斉に引き金を引いた。
利吉は木の上から飛び下りて、空中で焙烙火矢を投げた。
すぐに大きな爆発がする。焙烙火矢だけでもかなりの威力があるのに、銃に使う火薬まで巻き込んでの爆発だから地面まで抉り取られているだろう。
利吉が五人のところへ来た。
「利吉さん、なんでここに?」
伊作が利吉に聞く。
「説明は後だ。早く逃げるぞ!」
「はい!」
六人が城壁の上から飛び下りようとした時、さっきよりも比べ物にならないほど大きな爆発音がした。後ろを振り返ると、火薬庫と本丸が紅蓮の炎を天高く舞い上がらせて燃えている。
五人が一斉に利吉の顔を見た。
利吉は悪戯っ子が浮かべるような笑顔を五人に向けると、城壁から飛び下りた。

城からだいぶ離れた森の中。
仙蔵と長次が伊作に傷の手当てをしてもらっている。
「はい、長次はこれでお終い。大きな怪我がなかったらよかったけど、打撲がかなりあるからね。暫く安静にしてなきゃダメだよ。」
「わかったよ。ありがと。」
「次は仙蔵、はい、腕出して」
仙蔵は黙って腕を出した。
「ごめんね、仙蔵」
「なにが・・・?」
伊作の質問にきょとんとして仙蔵が答えた。
「この怪我私のせいだからさ。ぼーっとしてて気付かなかったから…。それに八つ当たりだってしちゃったし…。でも、あの時皆をおいて逃げたくなかった。だって、皆大切な友達だから。一人でもいなくなるのは嫌だから。仙蔵だってそう思ってるってわかってるのに…。仙蔵は皆が助かるために、「行こう」って言ったんだよね。あの時は、なんか全部訳わかんなくなっちゃってさ。だから、ごめんね?」
伊作は話しかけながら止血をしている。
「はい、仙蔵もお終い。帰ったらすぐに新野先生に見てもらわないと」
「ありがとう」
そう仙蔵が言うと伊作は仙蔵に笑顔を向けた。
「あのさ、あの時伊作が怒ったのは当然だと思う、から、別に伊作は悪くない。
・・・それに、伊作は優しいし、人の事考えられるし、思ったことちゃんと言えるから、すごいと思う。今だって、「大切だ」って言えて…、私には無理だから…、だから・・・」
いつも仙蔵はこういうことは口にしない。きっとこういうことは苦手だろうに、言葉を途切れさせながらにも自分に何とか伝えようとしている。そう思ったらなんだかおかしくて、伊作は笑い声を溢してしまった。
「なっ・・・伊作、笑うな!」
仙蔵は身を前に乗り出して、座っている伊作に掴みかかった。
「仙ちゃん、顔赤くなってるよ?」
伊作が言ったとたん文次郎と小平太が吹き出した。
「伊作、てめーっ!」
仙蔵は伊作に向かって腕を振り上げる。
「仙蔵が照れるなんて珍しいな」
「っ!長次まで!」
「ほんと、顔まっか!仙ちゃんかっわいーvvv」
「小平太、いい度胸してんじゃねーか!!」
仙蔵は伊作から手を離して小平太追いかける。
小平太は逃げたものの、後ろから首に腕を回されて捕まってしまった。
「なんで俺だけ!?」
「うるっさい!!」
仙蔵が小平太の頭を叩く。
「仙蔵、おまえ怪我してんだから軽くにしとけよ」
「もんじ!軽くってなんだよ!軽くって!!」
文次郎の言葉を聞いて、小平太が抗議の声をあげる。
「・・・この騒ぎはどうしたの?」
「あ、利吉さん。これは・・・まぁ、いろいろと」
伊作の答えに、利吉はさらに不思議そうな顔をする。
「はい、水持って来たよ」
暫く不思議そうにそれを眺めてから、水筒を伊作に渡した。
「ありがとうございます。」
伊作は軽く頭を下げて五本の水筒を受け取った。
「あの、利吉さんは何故あの城に?」
「仕事でね。あまり詳しいことは言えないけど、あの城を潰してくることが今回の仕事だったんだ」
「一人で、ですか?」
「ああ、そうだけど?」
一人で城を潰した、なんてやっぱりすごいなと伊作は思った。
「さて、そろそろ帰るか」
座って二人のケンカを見ていた文次郎が腰を上げる。
「ほら、もう帰るぞ!」
伊作が、いつまでもやめない二人に声をかけた。
「帰ったら食堂のおばちゃんに朝ごはん作ってもらわないとね。もうお腹すいて死にそうだよ」
漸く仙蔵から開放された小平太が上を向いて木漏れ日を眩しそうに見ている。
もうすでに空は白んで、森の中へ朝日が差し込んでいた。

終り。

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