裏切り<其の十>

「今回の作戦の目的は『脅し』でした」
 一通り事件が片付いた後、利吉は教師達の前でそう切り出した。利吉に向かって注がれる視線。その中に、伝蔵と半助のそれもあった。
「私がサンコタケの謀略の情報を掴んだのは一月ほど前のことでした。当初は謀略の発案主を叩くことでそれをやめさせようとも考えました――しかし、ほぼ時を同じくして私の元に依頼が入ったのです」
「サンコタケからだな」
 雄三が口を挟んだ。利吉はそちらを見て、頷く。
「ええ。そのとき、今回の作戦を思いついたのです。ただ相手の頭を叩くだけでは、その部下達が報復行動に出て結局いたちごっこになってしまいます。だからといって、サンコタケのあの大軍勢を全滅させるだけの兵力は我々にはありません。そこで、城に大きな打撃を与え、兵士には申し訳程度に痛い思いをさせることで戦う気を削ごうと思ったのです」
 利吉は学園長の方を見た。学園長は顎を小さく動かして、続けるよう合図する。
「しかしそれにはどうしても学園長の協力が必要でした。それと、必要最低限の関係者の方々の協力も…私は学園長と直接話し合うことにしました。それがつい4、5日前のことです」
「あの時だな」
 鉄丸が腕組みをした。学園長が庵で襲われた、あの日のことである。利吉は申し訳なさそうな表情を見せた。
「何分監視されていたもので…流石に声は聞こえない距離だったのですが、つつがなく話し合いが終わっては怪しまれてしまいますので、学園長に協力をお願いして芝居をうったのです」
「我々はそれに見事に騙されたわけだ」
 突如、空気が張り詰めた。先ほどまでずっと黙っていた伝蔵が、不意に発言したのだ。伝蔵の鋭い視線が利吉を貫く。利吉はそれを静かに受け止めていた。
「しかし随分演技が上手くなったものだな、利吉よ。おかげでこちらは寿命が縮んだぞ」
 来る、と皆が思った。思ったその瞬間には鈍い音がしていた。何人かの教師が目をそらす。伝蔵の拳は、過たず利吉の頬を捉えていた。利吉は一度伝蔵を見て、そして頭を下げた。
「申し訳ございませんでした」
 伝蔵は何か言おうとしたが、上手く言葉にならないようだった。そのまま背を向けて、庵を退出する。教師達は出て行く伝蔵の背中と、頭を下げたままの利吉を見比べていた。


「大丈夫かい?」
 教師達が解散した後、半助は利吉にそっと声をかけた。同時に、水に浸した手ぬぐいを差し出す。利吉は会釈をしてそれを受け取り、赤みを帯びてきている頬にあてがった。
「しかし酷いなあ、山田先生も。なにも殴らなくてもいいのに」
「いいえ、逆ですよ」
 利吉はきっぱりと言った。片眉を吊り上げる半助に、利吉は微笑んだ。
「私が一発殴られるだけだなんて安いものです。これくらいで済んでしまっては私の儲けの方が多くなってしまいますよ。むしろ私の方が父に対して申し訳なく思ってしまうほどです」
「どういうことだい?まさか――」
 半助は視線を宙に泳がせた。利吉は頷く。
「ええ。実はあのとき、庵の中で学園長とこのような交渉をしたのです」


「私は頂いた依頼は全て受ける主義なんです…モノはご相談なんですが…ご協力、願えませんか?」
 言った直後、学園長の手が隠しておいた槍に伸びた。
「お待ちを」
 すい、と横から伸びた利吉の手がそれを制した。学園長も素直に槍を退く。
「私は出来ることなら学園を敵に回したくはありません。しかし聞いてしまった依頼を捨て置くわけには参りません」
 ふむ、と学園長は頷いた。傍らに槍を置く。利吉はそれを見届けてから、続けた。
「私には1つ案があります。サンコタケが学園を攻めるのを止めるようにするために考えうる最善の策です。私にはそれを実行する用意があります。しかし一方では、サンコタケの依頼を全うする用意もあるのです」
「要するに、儂がお前を雇えばよいのじゃな」
 さらりと出た一言に、利吉はふわりと微笑んだ。
「流石学園長。物分りが良い」
「…報酬に何を望む?」
 ――やはり、要点だけをついてこられる。
 利吉は嘆息する思いだった。どこの城の要人もこれだけ頭の回転が速ければ、どんなにいいだろう。
利吉は改めて、学園長の学園長たる所以を感じていた。
「ひとつだけ」
 利吉は人差し指を立てた。
「ひとつだけ、お約束願いたいことがあるのです」


「学園長はその条件をあっさりと飲んでくださいました。あとは御覧になったとおり、学園長と一芝居うったまでです」
「待ってくれ、利吉君」
 半助は利吉の肩に手を置いた。
「まさかその報酬って…」
「ええ。そろそろ学園長が実行してくださっているはずです」
 言った直後、遠くで悲鳴が聞こえた。なんだか聞き慣れた声だった。
「ああ、思ったより到着が早かったようですね」
「…呼んだのかい?」
 半助は青ざめた顔で言った。利吉は全く悪びれずに頷く。
「君って人は…」
「?」
 半助は、首を傾げる利吉をジト目で見た。今頃彼の父親は、妻と、雇い主の手で我が家に強制送還されようとしているところだろう。伝蔵への(強制的な)休暇。それが利吉の求めた『報酬』だったのだ。
 遠くで再び悲鳴が聞こえた。半助は空を見上げる。
「…山田先生の授業が遅れる分は、君が補ってくれるんだろうね」
「報酬次第です」
 ぴしゃりと言ってのける利吉を見て、半助は溜息をついた。
 ――あいつの影響か…?
 半助は利吉の背後に自分の教え子の影を見た。そしてきりきりと痛み出した胃に、そっと手を当てたのだった。


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