裏切り<其の三>
利吉と学園長の一件は、教師達によって巧妙に隠蔽された。幸い、あの現場を目撃した生徒はおらず、隠蔽には好都合だったのだ。
学園長は、生徒達には何も知らせないという方針を教師達に含める一方で、幾人かの生徒を庵に呼んだ。
「立花先輩!」
呼ばれた生徒の一人、仙蔵は、学園長室へと通じる廊下で呼び止められ、ふと振り返った。
「鉢屋」
「あ、わかりました?」
名を呼ばれて、三郎は気まずそうな笑みを浮かべる。三郎は、同級生の雷蔵に変装していた。見破られたことは彼にとって、もっとも不愉快なことなのだ。
「何を言うか。解らん方がどうかしている」
仙蔵は三郎を見下ろすようにして、そしてやや睨むように三郎を見た。三郎も鋭い目つきで見返す。仙蔵は、この後輩に対してあまりいい感情は持っていなかった。三郎もまた然りだろう。二人の間に険悪な空気が流れる。
次の瞬間、二人は背筋にぞくりとするものを感じた。二人は思わず振り返る。
「二人とも…」
見ると、教師の一人、斜堂影麿がそこにいた。二人はほっと息をつく。
「斜堂先生」
「驚かさないでくださいよ」
影麿は、そこにいるだけで不気味な雰囲気を醸し出す。入学して以来、何度これに驚いたことか――仙蔵は心の中でふとそう思った。
「別に驚かしたつもりはありませんよ。二人とも学園長に呼ばれているのでしょう。急いで下さい」
言いながら、影麿は足早に庵へ向かった。仙蔵と三郎は我に返ると、弾かれるように影麿の後を追ったのだった。
「利吉よ」
「はい」
そのころ、利吉はサンコタケの幹部級の男と面会していた。利吉は、相手がどのような身分を持っていても決して怯みはしない。むしろ、挑発するような視線で、その男を射抜いた。
「手筈は解っていような」
射抜かれた男は、視線をそらしながら忌々しそうに言う。利吉は苦笑した。自分より一回りも二回りも上の男が自分にたじろいでいる様子は、痛快にさえ感じられたのだ。
「ええ。明朝、サンコタケ軍の進軍にあわせて城を立ち、サンコタケ軍が配置についたことを確認した後学園に侵入。学園長を斬った後、御首級を掲げる――これが突撃の合図になる、以上でございましょう?」
いかにも物騒なことを、利吉はさらりと言ってのけた。表情は、どこか楽しそうでさえある。しかし、表情とは裏腹なことを利吉は考えていた。
――浅はかな作戦だ…
サンコタケほどの大軍勢が近づいてくることを察知できぬような学園ではない。恐らく早い段階で軍勢の接近に気づき、強力な防御を固めてくるであろうことは目に見えていた。もしかしたら、間者なりを放ってこちらの軍勢を崩しに来るかもしれない。
――それには気付いていないのだろうか?
利吉は相手を探るように見た。男は、利吉の視線を感じるのか、先程から一度も目を合わせようとはしない。あきらめて、利吉も相手を見るのをやめた。
まあいい、と利吉は思った。相手が強ければ強いほど、こちらもやる気になるというものだった。
――お手並み拝見、と行きますよ…
利吉は軽く唇をなめた。その瞳には、静かな闘志がみなぎっていたのだった。
「立花――そして鉢屋」
「はい」
学園長の庵に入った仙蔵と三郎は、神妙な面持ちで学園長と対面していた。勘の鋭い二人は、学園で何らかのトラブルが起こったことを、既に感知していた。
「お前達を見込んで頼みたいことがある。――秘密は守れような?」
学園長に言われて、仙蔵はちらと後ろを見た。影麿が、相変わらず影を背負ってそこに座っている。
訴えかけるような目を学園長に向けると、学園長は微笑して言った。
「案ずるな。斜堂先生はこれからの『頼みごと』に欠かせない存在じゃからの。お前達と一緒に行動してもらう」
学園長の言葉に、仙蔵はほっとした様子で隣の三郎を見た。三郎は、黙ってこくりと頷く。
「解りました。承ります」
仙蔵はまっすぐに学園長を見た。学園長は先程までの微笑をふっと消し、急に険しい表情をした。
「重ねて問う。例え友でも、親でも、そして教師でも、このことはここにいる4人以外、他言無用じゃ…誓えるか?」
「はい」
仙蔵も、三郎も同時に返事をした。二人とも、いずれ劣らぬ優秀な『忍者のたまご』である。例え拷問されても決して口を割らない覚悟は出来ている。
ただ、仙蔵には一抹の不安があった。
学園長がこれほど真剣に口止めするのは始めてである。しかも、先程の口ぶりからするに、これから自分達が受ける『頼みごと』は、斜堂影麿以外は教師でさえ知らないことなのだろう。仙蔵は、目の前に迫っているであろう未知の『緊急事態』に恐れを感じた。
――学園で、一体何が起こっているのか…
仙蔵は、ふと隣の三郎を見た。三郎もまた、同じようなことを考えているのだろう。いつもの飄々とした表情はなく、ただ唇を真一文字に結んでじっと学園長を見ている。
その様子を見て、学園長はゆっくりと口を開いた。
「実はじゃな…」
その『頼みごと』内容は、仙蔵たちを驚愕させるのには十分な内容だった。
●次へ ●戻る
|