裏切り<其の六> 「――全く、何を考えているのか…」 半助の連絡を受けた教師達は、皆溜息混じりに呟いた。本来、忍びとは秘密裏に行動を進めるものである。犯行を、それも相手方の忍びに予告するなど正気の沙汰とは思えなかった。 「何かの陽動作戦でしょう。予告などするわけがないとわれわれが疑心暗鬼になったところで、虚をつくつもりなのではないでしょうか」 恥ずかしがりやの教師、松千代万もこの時ばかりは真面目な表情でそう言った。いつもついたて代わりにされている雄三は、ほっとしたような、心配なような、複雑な心境で万に対峙していた。 「しかし松千代先生」 雄三は脳裏に二人の人物を思い浮かべていた。自分の先輩教師と――その息子である。 「私にはどうも彼の言葉に嘘があるとは思えません。彼は明日、必ず来ます」 その言葉に論理的根拠などなかった。ただ、雄三には『彼』やその父親と長い交流がある。彼らの思考や行動様式を知り尽くした上での『勘』だった。 「なら何故予告などするのですか。かえって仕事がやりにくくなるでしょうに」 「考えられる理由は三つあります」 万の問いに、雄三はゆっくりと答えた。 「1つは、彼自身に注意を集中させることで、サンコタケ軍の進軍を図ろうという…いわば捨て駒、オトリになるため。1つは、あえて学園内の警備を厳重にして、その上で任務を遂行して見せようという半ば愉快犯のような理由。そしてもう1つは――」 雄三の視線が宙に泳いだ。言い出せないのがありありと見て取れる。たまらず、万は口を開いた。 「なんとしてでも我々に止めてもらいたいと――彼がそう思っているため、ですね」 雄三は答えなかった。ただ、眼鏡を押し上げただけだった。眼鏡の中の雄三の瞳が暗く、鋭くなる。 それは、覚悟を決めた表情でもあった。 職員会議の結果、とりあえず翌日は最厳重の警備体制で臨むことになった。 「忍たまたちはどうします?」 思いつめたように切り出した半助に、教師達は一瞬口をつぐんだ。今回、サンコタケは随分用意をしてかかったようで、忍たまたちを安全な場所に移す時間がなかったのである。 「彼一人で乗り込んでくるとは考えられません。技量的に戦闘に参加できない忍たまたちを少なくとも一箇所に集めておかなければ、相手が複数人数の場合対処しきれない可能性があります。万が一、人質に取られでもしたら――」 半助は口をつぐんだ。甘いと言われればそれまでだが、彼らを犠牲にすることなぞできそうもなかった。 「ならばこうしよう」 学園長はふと伝蔵のほうを見やった。 「山田先生…それに土井先生、お願いできますか。1年生全員と2年生以上で実技面に不安のある者を一箇所に集め、警護を」 「待って下さい」 伝蔵は学園長の言葉を遮った。教師達は皆そちらの方を向く。 「今回の不始末は私の責任です。ですから――」 「ならぬ」 学園長は伝蔵の言葉をぴしゃりとはねつけた。伝蔵は思わず口をつぐむ。 「それに忍たまたちを守る、というのも立派な責任の取り方じゃろうて。わざわざ地獄を見に赴くこともなかろう」 言って、学園長は伝蔵をじっと見た。伝蔵は暫くの間視線を泳がせていたが、やがて意を決したように学園長の方をまっすぐに見て、学園長に深々と礼を返したのであった。 職員会議が散会した後、幾人かの生徒が庵に呼び出された。生徒は5人。6年生の仙蔵、小平太、長次、文次郎と5年生の三郎である。 庵に向かう途中、5人は廊下で出会った。 「仙蔵、長次、小平太…お前達もか」 友人の姿を認めた文次郎は、がっかりしたような、ほっとしたような複雑な表情を浮かべた。 「一人忘れてませんか、先輩」 と、射るような視線とともにそんな声がする。文次郎が振り返ると、蒼い制服に身を包んだ後輩が、こちらを睨んでいた。 顔は5年生の雷蔵と同じである。ただ、表情は違う。どこか飄々とした、そしてどこか他人を小ばかにしたような表情。 「鉢屋か」 文次郎はうんざりしたような表情を浮かべた。 総じて、6年生の間では三郎の評判はあまり芳しくなかった。1つには、三郎がいつも挑発的な態度を取ることが挙げられるが、その理由の大部分を占めるのは彼の優秀さであった。『プロの忍者に限りなく近い』と評されている六年生にとって、下級生である三郎が『六年生より術がうまいのではないか』と評されているのはあまり面白いことではなかったのだ。 それきり5人は口を聞こうとしない。ただただ無言のまま、庵の前に到着した。 「入りなさい」 到着するや否や、庵の中から学園長の声がした。5人はやや緊張した表情で庵の戸を開けた。 「学園長。お呼びですか」 学園長の前に座った5人を代表して、仙蔵が口を開く。学園長は満足そうに5人を見ると、真剣な表情で言った。 「お前たちを呼んだのは他でもない。お前達の腕を見込んで、庵の警備に加わって欲しいのじゃ」 「え…」 五人は、心拍数が急に上がるのを感じた。並み居る生徒の中から選ばれ、その上最も重要な庵の警備に加えられるというのは、この上もない名誉であったのだ。 「強制はせん。かなり危険な任務と言えようからの」 学園長の言葉に、5人は身を乗り出して言った。 「私達でよければ」 「精一杯務めさせて頂きます」 5人の言葉に学園長は満足そうに頷いた。 「ならば早速任務を申し付ける」 「はい」 5人は緊張した面持ちで学園長を見た。学園長は声を抑えて言う。 「潮江、中在家は外の警護を。七松は罠を仕掛ける手伝いをしてくれ」 「はい」 頭を下げながら、文次郎たちはちらと仙蔵と三郎を見た。彼らの名が呼ばれていない。 少しじらすように間を空けてから、学園長は口を開いた。 「そして立花、鉢屋」 「はい」 待ち兼ねたように返事をして、仙蔵と三郎はじっと学園長を見る。学園長はふと二人を見てから、さらりと言った。 「二人には庵内で、直接わしを警護してもらう。庵内に入れるのはお前達二人と、大木雅之助だけじゃ」 「え!?」 あまりに重要な位置。5人は学園長の言葉に驚愕せずにはいられなかった。 ●次へ ●戻る |