裏切り<其の八>

「!?」
 雄三とシナ、そして庵の周りを固めていた教師達は皆凍りついた。爆発とともに庵に火の手が上がる。爆発音に紛れて、濁った叫び声が聞こえた。
「学園長!!」
 叫んで走り出した雄三を見て、残りの教師達も庵に駆け寄る。それと同時に、庵から立ち込める煙の中から、1つの影が飛び出してきた。
 色の薄い髪をたなびかせ、その影は軽い足取りで木に飛び移る。一つ瞬きをするうちに、それは塀の上に着地していた。
「利吉!?」
 悲鳴にも似た声を、教師のうちの一人が上げた。名を呼ばれた『影』はゆっくりと振り返る。頬に、そして全身に血糊をつけ、右手に『何か』をぶら下げたまま、『影』はにっこりと微笑んで見せた。逆光になって良くは見えなかったが、その微笑みは、見るものをぞっとさせるような、そんな冷たい微笑であるようだった。
「あれは…」
「首級…?」
 教師達は目を疑った。しかし髪型、大きさからして、間違いない。
「まさか…」
 雄三は掠れた声を上げた。信じられないという気持ちが心の中で大きく渦を巻く。昨日からずっと、大勢の手練の教師達が監視をしていたはずだ。勿論、監視態勢に入る直前に庵の内外は複数人数で厳密に調査したし、侵入経路も全て塞いだ。床下も、庵の周りも、そして空も皆で監視していた。
 ――なのに…何故だ!?
 雄三は、頭が重くなるのを感じた。それは他の教師も同様のようで、あの木下鉄丸でさえ言葉を失っている。
 愕然とする教師達だったが、その時、それに追い打ちをかけるかのように、遠くから馬の蹄の音が聞こえてきた。サンコタケ軍が到着したようだった。教師達の間に絶望感が流れるうちにも、蹄の音は足並みを揃え、そして止まった。
「学園の諸君」
 塀の向こうから大将格の男の声が聞こえてくる。
「御覧の通り、そちらの総大将の首級は頂いた。直ちに降伏して頂きたい。さもなくば総攻撃をかける」
 その声に合わせるようにして、『影』は右手に提げていたそれを掲げた。同時に、サンコタケ軍から歓声が上がる。
 教師達は、どこか虚ろな状態でそれを聞いていた。一瞬のうちにめまぐるしくことが展開したため、流石の彼らもなかなか順応できなかったのである。


「…今のは…」
 庵から随分離れた位置、伝蔵や半助のいる隔離部屋にも爆発音は届いていた。部屋にいた忍たまたちは皆びくりとして辺りを見回す。伝蔵も顔を上げ、窓に手をかけた。
「待ってください」
 半助が伝蔵の手を上から握る形で、制止した。伝蔵は半助を睨む。半助は視線をそらさなかった。
「我々の今の役目は、忍たまたちを守ることです。あちらのことは、きっと他の先生方がうまく処理して下さっている筈です。ですから」
「解っておる!しかし…」
 伝蔵は思わず声を荒げた。その声に、生徒達が不安げな目を伝蔵に向ける。それを察して、伝蔵は気まずそうに声をひそめた。
「しかしあんたも解っているだろう?今のは確実に、あやつが…」
 言いかけて、伝蔵は口をつぐむ。半助も目を伏せた。
「…耐えましょう。山田先生」
 二人の間に沈黙が流れる。生徒達も、不安感に苛まれていた。
「ん?」
 そんななか、きり丸が不意に立ち上がった。半助が不審げにそちらを見て、きり丸に問いかける。
「どうした?きり丸」
「金属の触れ合う音がした」
「何?」
 きり丸の、金属に対する聴覚は普通ではない。きり丸の言葉は、信頼に十分値するものだった。半助は視線をきつくすると、目を閉じ神経を聴覚に集中させる。半助の耳に、遠い地響きの音が届いた。
 ――まさか…
 半助は血の気が引くのを感じた。伝蔵の方を見ると、伝蔵も半助の方に顔を向け、頷いた。
「わしが行く」
「いけません」
 伝蔵の言葉を、半助はぴしゃりとはねつけた。抗議するような視線を向ける伝蔵に、諭すように半助は語りかける。
「先程も申し上げた理由で、我々がここを離れることは許されません。私一人でこれだけの人数を守りきれるとお思いですか?もしも彼らに何かあったらどうなさいます?」
 伝蔵は答えない。
「こんなときだからこそ、余計に出て行ってはいけないんです」
 半助が、強い口調で言った。やりきれない思いで、伝蔵は半助を見る。きり、と音がして、半助の握り締めた拳から血が滴り落ちた。
「半助…」
「辛いのは、山田先生だけではありません」
 半助は、前を見据えたまま言った。その瞳には、強い光が宿っていたのだった。


 利吉は空を仰いだ。
「そろそろかな」
 呟くと、右手の力を抜く。右手に握られていたものが、重力に引かれて落下していった。
「これで…終わりだ」
 ゆっくりと落下して行くそれを、利吉は冷静な眼差しで見守っていた。それが地面につくかつかないかというとき、利吉は地を蹴る。身体が宙に投げ出されたのを感じながら、利吉はそっと目を閉じた。


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